未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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日本列島の歴史は日立の地面から始まった?!

カンブリア紀地層の5億年の旅を解き明かす

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子、田切美智雄 (一部提供)
未知の細道 No.61 |20 February 2016
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#10エピローグ いつかアノマロカリスが

午後2時を過ぎると、山の中はもう夕方のような空になってきた。山に入って5時間近く。冬の山ではあっという間に時間が流れる。
今日の作業はこれで終わりにして、山をでることになった。

田切先生は薄く割った岩を2枚、丁寧にビニール袋に入れて、リュックに詰めた。これを分析にかけて、ジルコンが出るかどうか、年代を調査するのだそうだ。ここの地層の年代がはっきりすれば、化石の谷の地層とのつながりも、また新たに分かってくるはずだ。
塙さんも及川さんも「おみやげ、おみやげ!」と言いながら、それぞれ重い石をリュックに詰めている。家に持ち帰って、さらに詳しく調べるのだという。地質屋さんたちは、石の重さなど、まったく厭わない。石が、大切な宝物なのだ。
そして私は案の定、雪の斜面で一度、派手に転んだけれど、カメラは奇跡的に無傷ですんだ。

朝、一生懸命登ってきた雪道を今度は下りながら、私は田切先生にこう問うた。先生、いつかここで日本初のアノマロカリスの化石が見つかるかもしれないですよね?
「アノマロカリス」とは「奇妙なエビ」という意味のカンブリア紀にだけ生きていた、節足動物の一種だ。その化石は北米、中国、オーストラリア、グリーンランドなどでは見つかっているが、日本ではもちろんまだ見つかっていない。そもそもカンブリア紀の地層が日立周辺にしかないのだから、もし日本で見つかるとすれば、この地域から……、と素人ながら夢が膨らんでしまう。

「もし、そうなったら大発見ですね。可能性はあります」と先生は笑って返してくれた。

五億年前の地層が日立にあることを田切先生が学会に発表してから8年、そして化石の調査が本格的に始まってから3年。地層の研究には随分時間がかかるように人は思うかもしれないが、地球の歴史に比べれば、8年なんてほんの一瞬の、まばたきのようなことなのかもしれない。
そして、ここの地層に小さな生き物たちがいた証拠が少しずつ見つかりはじめている。これらの化石の年代が特定でき、さらにもっと大きな、このカンブリア紀特有の生物の化石が見つかったら……。それは本当にすごいことだ。

いつだって下山の道はあっというまだ。
雪に埋もれた、巨大な夢の塊みたいな、化石の谷を思い出しながら、私は楽しくなってきた。
またここに、化石を探しに来よう!絶対に。
そう思いながら、私は雪の道をどんどん下っていった。

 
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未知の細道 No.61

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。