午後2時を過ぎると、山の中はもう夕方のような空になってきた。山に入って5時間近く。冬の山ではあっという間に時間が流れる。
今日の作業はこれで終わりにして、山をでることになった。
田切先生は薄く割った岩を2枚、丁寧にビニール袋に入れて、リュックに詰めた。これを分析にかけて、ジルコンが出るかどうか、年代を調査するのだそうだ。ここの地層の年代がはっきりすれば、化石の谷の地層とのつながりも、また新たに分かってくるはずだ。
塙さんも及川さんも「おみやげ、おみやげ!」と言いながら、それぞれ重い石をリュックに詰めている。家に持ち帰って、さらに詳しく調べるのだという。地質屋さんたちは、石の重さなど、まったく厭わない。石が、大切な宝物なのだ。
そして私は案の定、雪の斜面で一度、派手に転んだけれど、カメラは奇跡的に無傷ですんだ。
朝、一生懸命登ってきた雪道を今度は下りながら、私は田切先生にこう問うた。先生、いつかここで日本初のアノマロカリスの化石が見つかるかもしれないですよね?
「アノマロカリス」とは「奇妙なエビ」という意味のカンブリア紀にだけ生きていた、節足動物の一種だ。その化石は北米、中国、オーストラリア、グリーンランドなどでは見つかっているが、日本ではもちろんまだ見つかっていない。そもそもカンブリア紀の地層が日立周辺にしかないのだから、もし日本で見つかるとすれば、この地域から……、と素人ながら夢が膨らんでしまう。
「もし、そうなったら大発見ですね。可能性はあります」と先生は笑って返してくれた。
五億年前の地層が日立にあることを田切先生が学会に発表してから8年、そして化石の調査が本格的に始まってから3年。地層の研究には随分時間がかかるように人は思うかもしれないが、地球の歴史に比べれば、8年なんてほんの一瞬の、まばたきのようなことなのかもしれない。
そして、ここの地層に小さな生き物たちがいた証拠が少しずつ見つかりはじめている。これらの化石の年代が特定でき、さらにもっと大きな、このカンブリア紀特有の生物の化石が見つかったら……。それは本当にすごいことだ。
いつだって下山の道はあっというまだ。
雪に埋もれた、巨大な夢の塊みたいな、化石の谷を思い出しながら、私は楽しくなってきた。
またここに、化石を探しに来よう!絶対に。
そう思いながら、私は雪の道をどんどん下っていった。
松本美枝子