今回ご紹介したお店は、ほんの一部。
ほかにも、雑貨屋、帽子屋、雑貨屋、マフィン屋、ブックカフェ、アウトドア用品店……なぜたった数年で60を超えるお店が生まれ、しかもそれが成り立っているのか。実は、そのお店のほとんどが「CAMP不動産」の倉石智典さんがサポートした建物なのです。
もしも僕が、自分の好きなことでお店をはじめたい、そう思ったとき。
最初のハードルは、予算に見合う、かつ商売が成り立つ物件を探すことかもしれません。そんなとき、僕の“やりたいこと”と“空き家”をマッチングしてくれるのが倉石さん。リノベーション工事や、その後の管理まで助けてくれる空き家建築のプロです。
「家賃が安くて改装も自由にできるから、という理由で空き家を選ぶ人は多いですね。長野駅前に比べると家賃は3分の1以下。お店規模の建物でも月5万~10万円で借りられます。なぜかというと、たとえば昔から旅館をやっていた大家さんが、旅館を畳んで家族で別の場所に住んでいるとします。建物は空き家になって放置されると傷んでしまうので、そのような建物を見つけたら、こちらから訪ねていくんです。そのとき大家さんに話すのは、空き家を使わせてもらう代わりに、実際に使う人がお金を出して自分で直すという条件で貸してもらえませんか、ということ。大家さんとしては傷んだ建物を直して町に役立ててくれるなら嬉しいし、賃料で固定資産税は賄える。そういう仕組みです」
家賃の問題だけではありません。
僕が「“味噌汁BAR”をやりたいんですけど」と聞いてみると、こんな答えが返ってきました。
「信州大学の裏に元床屋さんだった空き家があって、そこで朝ごはん屋さんがやれたらいいなと思ってたんです。学生さんが通りますし、朝食なしのゲストハウスも近くにあります。床屋さんだったんで、ガラス張りで明るくて外からもよく見えるんですよね。コンビニで朝ごはんを済ませるよりも、ちょっと寄り道して季節の野菜を手をかけないで食べられるお店があれば、すごくいいと思います」
倉石さんの頭の中には、地図はもちろん、建物の歴史と現状、町の人の動きまで、そのすべてがインプットされているのかもしれません。だからこそ、やりたいことを聞くだけでベストな物件が見えてくる。しかもそれは機械的なデータベースではありません。
「空き家にはじめて入るとき、昔はどう使っていたのかな、自分がお店をやるならどんな店にするかな、と妄想が膨らみます。ずっと空き家に特化してやってきたので、建物も大家さんもよく知っていて、自分の中で蓄えていたものが、お客さんと会ったときに、ぜんぶ一気に噴き出してくるような感覚なんです。とはいえ、ドンピシャでなければおすすめはしません。大家さんに頼まれて紹介しているわけではありませんから」
土地勘のない人間が田舎でお店を開くとき、お客さんが集まるかどうかが一番の不安。町のことを知り尽くしている倉石さんがいれば、それが解消されるのかもしれません。オープン初日にはお店のお披露目会をすることもあるそうです。金属造形作家の『角居さん』は、お披露目会のおかげで町の知り合いが一気に増えたと言っていました。そうした取り組みもあって、新しく生まれたお店の9割が今も継続しているという。
「TIKU-の『中澤さん』の場合は、戸隠のような山奥でログハウスのようなピザ屋さんをやりたいと話していました。すごく素敵ですが、お客さんが来づらいんじゃないかと思ったんです。そこで、町中でも木造の古い空き家なら温かい雰囲気を出せるんじゃないかという提案をしました。その建物はもともと二つに別れていたのですが、壁を外すと庭までつながって、一つの空間にできると妄想していました。そのイメージを伝えると中澤さんもすぐにピンときてくれて、そこから一気に話が進んだんです」
善光寺には1,400年もの歴史があります。「一生に一度はお伊勢参りと善光寺参り」と言われ、昔から多くの旅人が集まる場所でした。その結果、お寺の周りに町が生まれ、人と物が行き交う通りに旅館や問屋が建ち並んでいった。そんな歴史があるからこそ、善光寺門前エリアに住んでいる人には、外から来る人を自然に受け入れるDNAがあるという。そもそも善光寺自体が無宗派で誰でも受け入れるという開かれたお寺。今でも24時間OPENしている世にもユニークな開けっぴろげなお寺なのだという。
そういった町の歴史も、倉石さんが「空き家見学会」で教えてくれました。空き家見学会とは、倉石さんや『増澤さん』が、月に一度、空き家をめぐりながら町を案内してくれる会のこと。
「実際に歩いて自分の目で見てみると、街のことがなんとなく分かってもらえると思うんです。見学会の後には、希望者だけに相談会を受け付けていて、何がやりたいか、どうしてやりたいのか、会って話した上で空き家をマッチングしています。お店をはじめるというのは強い意志がないとできないことではありますが、やってみたいことを、やってみることができる場所ではあると思います」
ライター 志賀章人(しがあきひと)