「山小屋が好きなんです」
「小とりの宿」の宿主である森舞子さんは、自身もいちばん好きな山だという北アルプスで小屋番を勤めていた過去がある。
「知らない人同士が集まって、職業とか年齢とか関係なく、みんなで山の話をする。そんな時間がほんとうに気持ちよくって。それに登山者同士ってよく再会するんですよね。“去年あそこの山に登ってましたよね?”“あ! 会った! 会った!”って。そうしてどんどん仲間が増えていく。そんな場所が私にも作れたらいいなって思ったんです」
宿のテーマは“町の山小屋”。
山小屋のように、みんなでごはんを食べる、食べながら山の話をする。そんな山登りの拠点となる宿が舞子さんの理想だという。
「朝ごはんで力をつけて、“行ってきます!”って言ってもらいたい。お腹を空かせて帰ってきたお客さんのガッツリ食べている姿が見たい。だからこそ、料理はすごく大切にしています。できるだけ長野の食材を使って、山菜も自分で採りに行きます。味噌などの自分で作れる物は手作りして、少しでも新鮮でおいしいごはんを食べてほしいと思っています」
舞子さんの料理を目的に宿に来る人も多く、近頃ではランチ営業をすることもあるという。
オープンしたばかりで広告もほとんどしない小とりの宿。なのに、お客さんが自然に集まってくるのはどうしてなのでしょうか。
「ここにいて“山が好き”と言い続けていると、不思議と山好きの人が来てくれるんですよ。今は1日1組でいいんです」
のんびりとそう話しながらも、
「そのほうがお互いの記憶に残ると思うから」
と言葉が続く舞子さん。そこには、芯のある機転がしなやかにあって、誰もが思わず話を聞いてもらいたくなるような居心地のよさがあるんです。この日もお話を聞かせてもらうつもりが、僕のほうが相談に乗ってもらっていたぐらいです。
「次はこの日に泊まっていいですか? って、帰るときに次の予約をしてくれたり、◯◯さんに紹介してもらったんですけど! って連絡が来ることが増えてきて。そういうときは信頼してもらえたのかなって嬉しくなります。お客さんにもずいぶん助けられてます。料理中に雨が降ってきて扉を閉めてもらったり、近くの直売所に行くお客さんについでに食材を買ってきてもらったり。みんなを巻き込んで、みんなで居場所を作るところが、やっぱり山小屋感覚なんですかね(笑)」
山登りが好きな人はもちろん、これから山登りをはじめたい僕も。ひとたび小とりの宿に泊まれば、次の季節もまた“宿り木”となることでしょう。
ライター 志賀章人(しがあきひと)