具材や見た目が大きく変わるわけではありません。それは、ほんのわずかなさじ加減。
食べる人が年配の方であれば、高温でやわらかめに焼いて、塩やオイルも少なめにあっさりと。家族連れであれば、どこに視点を合わせるか。子どもが中心であれば、バランスのとれたやさしい味わいにしつつ、最後に振るチーズを少しだけ変えてみたり。
「お客さんを見てどんなピザを作るか考えたいので、お店の入口にキッチンを作ったんです」
通り沿いにあり、道行く人からも顔が見えるピザ屋さん“TIKU-(チクー)”。
店主の中澤雄介さんは、仙台での七年の修行期間を経て独立。自分の気持ちはもちろん、生産者の方の想いや、一緒に働く仲間の想いを一枚に込める。それがピザだと学んだと言います。
「生地を練るときも、トッピングするときも、カットするときも、この“手”を通して込めていると実感できるのがピザなんです。修行時代、師匠のもとに僕を含めて三人の弟子がいたんですが、同じ素材で同じように作っても味が違うんですよね。塩っ気とかそういう意味ではなくて、やさしい味わいだったり、深みがある味わいだったり、不思議なんですよね。作った人が出る、そういうことだと思うんです」
一番人気はクワトロフォルマッジで、有名シェフでも手に入れるのが難しいとされる“吉田牧場”のチーズを使わせてもらっているという。
「修業先でも使わせていただいていた日本最高のチーズなんです! 独立の際に吉田さんに手紙を書かせてもらったんですが、ありがたいことに自分たちが食べる分を分けてくださっていて……」
生産者の方やお客さんを語るときの中澤さんは、その言葉のひとつひとつに敬意や愛情が込められていて、その人柄はもちろん、“ピザ柄”も表しているようです。
普通のお店は当日の朝に仕込む生地に関しても、中澤さんは2日前から仕込みはじめ、ゆっくりじっくり育てていくそうです。
「生地に合わせた生活ですね」と笑いながら、手をこねて見せる中澤さん。そのしぐさに僕は、笑うことができませんでした。見てマネできるような手つきではないのです。力強くも丁寧で年季の入った手つき。中澤さんが積み重ねてきた“想い”が詰まっているようでした。
僕が訪れたその日もTIKU-は満席。観光客が通る表参道からは1本脇道にも関わらず、です。どうしてこの場所で成功することができたのでしょうか。
「CAMP不動産の『倉石さん』が空き家だったこの物件を紹介してくれたんですけど、一目見た瞬間に、自分がここでピザを作っているイメージがむくむく湧いちゃって。それからは誰に何を言われても“やる!”って決めました。お金もなかったですが、大工さんと一緒に工事もできる限り自分でやって。ピザに関しては、ちゃんとしたものを作れば、必ずお客さんには来てもらえると信じていましたから。今でもそうです。ちょっとでも手を抜いたりしたら分かっちゃいますからね。精進します」
『倉石さん』とはいかなる人物なのか。その前に、善光寺門前暮らしの先駆けの存在と言われる『増澤さん』に会いに行くことに。
ライター 志賀章人(しがあきひと)