未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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自分のお店を持ちたいあなたに。 個性100%の“小”店街をめぐる旅

文= 志賀章人
写真= 志賀章人
未知の細道 No.53 |20 October 2015
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#3「紅茶×お花×スケッチ」かけ算で生まれる物と時間

「きょうはどんな気分ですか?」

そう聞かれた僕の隣で、スケッチジャーナリストの『真子さん』が「雨上がりのお花みたいなキラキラした紅茶が飲みたい」と言っています。

ここは日本で唯一の“紅茶調合室”。
シェアショップ「WANDERLUST」で活動する原夕美さんは、紅茶の“調合”をしてくれます。

「今朝から喉が痛いんだけど、いいお茶ないかなぁ?」
「ケーキを買ってきたんだけど、これに合うのはどんなお茶?」
「眠くて眠くて……目が醒めるようなお茶、あります?」

そんな話を聞きながら、その日のその人にあった紅茶をその場で調合する。昔ながらの調剤薬局におばあちゃんが座っているようなイメージ、と夕美さんは笑います。
結婚式で出す紅茶を相談された時には「甘くて優しい香りがあって天使のようなフワフワなお茶」と依頼されたという。

「カモマイルとラベンダーにキャンディという紅茶を調合しました。大地のりんごと呼ばれるカモマイルの甘い香りと、キャンディの優しくてリラックスする香りがバランス良く調和して、心を緩めてくれるお茶になるんです」

あんな頼み方で分かってくれるなんて! と喜ばれたそうですが、膨大な知識と経験がなければできない技であることは言うまでもありません。


夕美さんが紅茶に携わって十数年。かつてはイギリスで学び、現在では紅茶教室を主催するプロフェッショナル。今でも、毎年イギリスを訪れ、多いときには60軒以上のティールームを巡り、最新の紅茶文化を学んでくるというから驚きです。

日本で「紅茶」と言えば、敷居が高かったり、どこか気取ったような印象がありますが、夕美さんが目指しているのは逆だという。

「お皿に上品にしつらえるケーキも素敵なんだけど、“飾る”という言葉と、“飾り立てる”という言葉は違うと思うんです。イギリスはお皿からハミ出していても、“焼きたてでおいしよー”って出てくるような気取りなさ。すごくハートがこもってる。安らぐとか、ほんわかするとか、私が伝えたいのはイギリスの田舎のティールームのそんな時間なんです」

長野とイギリスはどこか似ていると夕美さんは言います。

「高層ビルの最上階で飲むのではなく、木々を見ながら、小鳥のさえずりを聴きながら、のんびりとお茶が飲めるのが長野です。WANDERLUSTは裏通りにあるので、喧騒を離れた場所でゆっくりお話を聞いて、それならこっちの紅茶がいいかもねって、心を通わせながら紅茶を作れるところがいいんですよね」


WANDERLUSTにはフローリストの聖子さんもいます。

「私も夕美さんと同じです。お花を贈る相手がどんな方で、どんな色の洋服を着ていて、どんな物が好きなのか。どのお花屋さんよりもお客様のお話をしっかり聞いて、その方をイメージしながら作るフローリストでありたいと思っています」

東京の第一線で修行を積んだ聖子さんですが、今は穏やかに丁寧にお花を紡いでいきたいと言います。そんな聖子さんの手から編み出されたお花は「不思議と長持ちする」と評判です。

「山も、森も、草花も、私たちの生活の一部であるように。私が植物を好きなのは、色んな人の仕事や日常にさりげなく寄り添えるからでもあるんです」

聖子さんのお花もまた、善光寺門前エリアのいたるところでコラボされ、それぞれのお店に馴染んでいます。

「夕美さんとイベントをするときは、テーブルを彩るだけじゃなくて紅茶に浸けるお花を考えたり、真子ちゃんのスケッチにあう額縁を植物で作ったり。小とりの宿の『舞子さん』とのお料理コラボでは、舞子さんが作ったピンクのビーツスープに、私がお皿に見立てたピンクのアジサイリースを作ったり。味だけじゃなくて、お料理が五感で楽しめるようなイメージを提案しました」


「紅茶」と「お花」と「スケッチ」。ジャンルは違えど違いすぎない、絶妙な距離感ではないでしょうか。
ともにシェアショップを営む3人には、海外に長く住んでいたという共通点があります。夕美さんと聖子さんはイギリス、真子さんはタスマニア。それぞれが「世界には色んな人がいて、色んな考え方がある」という事実を身を持って体感してきました。

「WANDERLUSTは“旅への渇望”という意味ですが、日本の当たり前とは少しだけ“違う価値観”とつながってる場所にしたいんです。この気持ちをシェアできているからこそ、一体化しているんだと思います」


WANDERLUSTの3人が作っているのは物だけではありません。普段は話さないことまで話せてしまう、その時間を味わうと、次のお店への足取りも不思議と軽くなるのでした。


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未知の細道 No.53

ライター 志賀章人(しがあきひと)

「え?」が「お!」になるのがコピーです。
コピーライターとして、核を書くことで、あなたの言葉にならない想いを言葉にします。
京都→香川→大阪→横浜で育ち、大学時代にバックパッカーとしてユーラシア大陸を横断。その後、「TRAVERINGプロジェクト」を立ち上げ、「手ぶらでインド」「スゴイ!が日常!小笠原」など旅を通して見つけたモノゴトを発信中。次なる旅は、夫婦で世界一周!シェアハウス暦8年の経験から、子育てをシェアする未来の暮らしも模索中。
伝えたいことを、伝えたいひとに、伝えられるようになる。そのために、仕事のコピーと、私事の旅を、今日も言葉にし続ける。
「新聞広告クリエーティブコンテスト」「宣伝会議賞」「販促会議賞」など受賞・ファイナリスト多数。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
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