ベーゴマの授業は、鋳物工場見学がある小学3年生に行う。そう、工場見学の後、参加者全員にベーゴマが配られるからだ。井出さんは、授業がある日にそのベーゴマを配ってもらうよう訪問先の学校に交渉し、当日、生徒全員がベーゴマを持っているようにした。
授業は1クラス45分で、1日で小学3年生の全クラスをはしごする。3年3組まである学校なら2時間目、3時間目、4時間目と各クラスで教えるわけだ。今年は全52校のうち46校から授業の申し込みがあったから、46日間かけて回る計算になる。ほとんどの子は、初めてベーゴマを回す。その時に、ベーゴマの魅力に気づく。
「最強はいないんですよ、ベーゴマって。物理の法則で、相手を弾くときは同じ強さで自分も弾かれます。勝敗を決めるのは当たる角度なので、クラスで一番体が小さな女の子が、クラスで一番やんちゃな男子に勝ったりするんです。サッカーだってピアノだって習字だって、先に習っている人が上手じゃないですか。でも、ベーゴマは誰でも勝つ可能性がある。それを感じ取っているのか、不登校の子がベーゴマの授業を受けに来ることもあります。ニコニコしながら遊んでるその子の姿を見た先生方から、ベーゴマってなんなの?とよく聞かれますね(笑)」(井出さん)
井出さんのミッションは、授業でベーゴマの楽しさを伝えて、郷土資料館まで遊びにきてもらうこと。そのための工夫も手が込んでいる。子どもたちに配る自分の似顔絵入りの名刺の裏に、スタンプを押せるようにデザイン。郷土資料館に来ると、スタンプを押してもらえる。3回分のスタンプが貯まると、郷土資料館にあるベーゴマ入りのガチャガチャが回せるようにした。さらに、名刺裏のスタンプが埋まった子には、郷土資料館のスタンプカードを渡している。
「2年前からベーゴマを始めてから郷土資料館に通いすぎて、ベーゴマを教えるスタッフにしてもらった」という中学1年生の加藤さんは、とんでもない数のスタンプカードを誇らしげに見せてくれた。
加藤さんと同時期にベーゴマを始めた同じく中学1年生のスタッフ、大竹さんも「2年間、ほぼ毎日」郷土資料館に足を運び、ひたすら腕を磨いた。取材の日には、1円玉より小さい幅1.5センチの「超ミニ床」に3度もベーゴマを乗せ、子どもたちをざわつかせていた。