ベーゴマの展示が始まったのは、2022年6月。この展示を機に、井出さんは中島名人と知り合った。中島名人は日三鋳造所の社員で、営業を担当しているのだ。ユニークなのは、社員だからベーゴマが上手いのではなく、日三鋳造所の社長が中島名人をスカウトしたこと。
「僕は27歳の時にデザインの会社を立ち上げました。それからずっと会社を経営してきたんだけど、2008年に社長から『営業がいないから、そんなにベーゴマが好きだったらうちに来ないか?』と誘われたんです。僕は、その言葉を待っていました。子どもの頃からベーゴマが好きでやり続けてきたから、社長とも顔見知りでね。実際に声をかけてもらうずいぶん前から、妻には『もし誘われたら、会社は君に任せて僕はいく』と言っていたんですよ(笑)」
中島名人のベーゴマ愛は筋金入りだ。自宅にはこれまで集めた1万2000個のベーゴマがあり、重すぎて一度床が抜けたと笑う。
「ベーゴマはひとつ35グラムだから、420キロあります。それを狭いスペースで保管していたもんだから、床がバキッといきました」
名人というだけあって、実力も折り紙つき。取材の日、井出さんが手に持ったスプーンにベーゴマを投げ入れる「スプーンチャレンジ」が行われた。誰がどう見ても難易度が高く、15人の子どもが3回ずつ挑んで、成功したのはふたり。そこで中島名人はなんと3回連続成功させて、子どもたちは感嘆の声を上げていた。
10年以上前から市内の公園でベーゴマ教室を開催していた中島名人は、まさにベーゴマの伝道師。井出さんはベーゴマの展示を始める際、中島名人に「川口市の歴史教育の一環として、一緒に市内の小学校を回りませんか?」とオファーした。
それまでのオンライン授業を通じて市内のほとんどの小学校と関係を築いていた井出さんは、川口市の鋳物産業と絡めたベーゴマの授業なら必ずどこの学校も興味を持つと確信していた。そこで子どもたちをベーゴマに惹きつければ、郷土資料館の来館者が増える。このオファーはベーゴマを広めたい中島名人にとっても渡りに船で、2020年10月、ふたりのベーゴマ行脚が始まった。