未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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川口市郷土資料館の奇跡 沸騰!ベーゴマジック!

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.271 |25 December 2024
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#6寝耳に水の異動

井出さんは1978年、静岡県静岡市で生まれた。一年浪人して埼玉大学に入学して、埼玉との縁が始まる。学生時代から教員志望だったが、「教員バカにはなりたくない。外の世界も見ておきたい」と、大学卒業後は一般企業に就職し、1年間、病院の夜間の受け付けとして働いた。その間に「やっぱり教員になりたい」と思い至り、24歳で教員に。すぐに天職だと気づいた。

「僕ね、教員の仕事が大好きなんですよ。なにが楽しいかって、子どもたちの初めてを独り占めできるんです。初めて名前が書けた、初めて手を上げられた、初めて跳び箱が跳べた、初めて算数の問題が解けたとか、1クラス30人、40人の初めてを毎日独り占めですよ。これで給料もらっていいのかなって。もう最高じゃんって。ほんとに誰よりも楽しんでたと思います」

ベーゴマに熱中しすぎてあばら骨を二度も骨折した井出さん。

「教員じゃない自分が想像つかない」という井出さんに、異動の辞令が出たのは教員生活17年目の2020年。異動先は教育委員会の文化財課で、勤務地は郷土資料館だった。それまで郷土資料館の存在すら知らなかった井出さんは、寝耳に水の話を受け入れられず、勤務していた小学校の校長に「退職して、採用試験を受け直します」と訴えた。しかし、「これも役割だから」と説得され、やり場のない思いを抱えながら、新しい職場で働き始めた。

与えられた役割は、資料館と学校の連携事業を行うことと、来館者を増やすこと。着任早々に過去の来館者数を調べると、平日はゼロが当たり前。1カ月の合計が2桁ということも珍しくなかった。原因は明らかだった。着任前の自分がそうだったように、郷土資料館の価値どころか、存在すらも知られていないのだ。

そもそも井出さんが4月1日に着任した時点で、感染拡大を防ぐために学校は休校、資料館も休館。4月7日に発令された緊急事態宣言により、この状況は5月いっぱいまで続いた。郷土資料館を知ってもらうための出張授業も館内でのイベントもできないなか、郷土資料館のことを知ってもらうにはどうしたものかと頭を悩ませた井出さんは、ある時、閃いた。

「オンライン授業をやろう!」

この時、井出さんはまだ、ベーゴマのことはなにも知らない。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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