それまで一度もオンライン授業をしたこともなく知識ゼロだった井出さんは、暗中模索しながら走り始めた。17年間の教員生活で培った人脈をたどり、オンライン授業をやらせてくれる学校を探す。1回目の授業は5月31日、安行小学校で開催された。市内の歴史あるお寺、金剛寺からのライブ中継で、小学校が「安行(あんぎょう)」という名前になった由来などを話した。この授業で、思わぬ手ごたえを得る。
「授業を終えてお寺を出ようとしたら、さっきまでオンラインで授業を見ていた子が、家族で金剛寺に来たんです。それで、『あれ、さっきいたよね?』と聞いたら、井出さんの授業を観たら面白そうだから来ちゃいましたって言うんです。その瞬間、『これ、いけるな』と」
井出さんは顔見知りの校長に連絡し、「オンライン授業をやらせてほしい」と頼み込んだ。そうして、授業の後には郷土資料館の紹介チラシを生徒に配ってもらった。
井出さんのオンライン授業が大きな注目を集めたのは、11月。コロナ禍で修学旅行に行けなかった市内の小学6年生向けに、日光東照宮からのライブ配信で「オンライン社会科見学 in NIKKO」を行った。市内の小学校52校中37校、3597人が参加したこの取り組みに興味を持ったNHKが、『おはよう日本』で取り上げた。
これで一躍有名人になった井出さんのオンライン授業は、さらに加速。2021年からは、小学校3年生向けに鋳物工場からライブ配信する社会科見学をスタートした。この時も鋳物組合から生徒あてに日三鋳造所のベーゴマが贈られたことで、ベーゴマを意識するようになる。
迎えた2022年2月、日三鋳造所が事務所を移転するにあたり、併設していたベーゴマ資料館を閉館すると耳にした。資料館に貴重なベーゴマが数多く収蔵されていることを知っていた井出さんはある日、初めて日三鋳造所を訪ね、社長に「ここにあるベーゴマ、どうなっちゃうんですか?」と尋ねた。すると、「処分する」という。
それを聞いて驚いた井出さんは、にわかに郷土資料館の職員としての使命感に火が付き、「実はこういう者です」と名刺を渡し、「ぜひ寄贈してください」と頼んだ。社長はその申し出を快諾し、とんとん拍子で郷土資料館の3階にある企画展示室で展示することが決まった。
「ベーゴマはおもちゃなので、子どもたちが遊べたほうがいいと思って、展示室の一角にスペースを作りました。ベーゴマの加工もすると聞いたから、加工道具も置きました。この展示を企画した自分がベーゴマを回せなきゃかっこ悪いから、ベーゴマの練習も始めました」
日三鋳造所の移転先が郷土資料館の目と鼻の先だとわかったのは、寄贈が決まってから。まるでなにかの運命に導かれるように、ベーゴマで遊べるようになった郷土資料館から徒歩30秒で、ベーゴマを買いに行ける導線が生まれた。