「麻はぎ」の作業だけで息を切らせている場合ではない。剥き終わった皮の部分を、乾かないうちに別の器具に乗せて「手引き麻ひき」の体験をしていく。
片膝を立てて折りたたまれた座布団に腰かけ、「ひきご」と呼ばれる金属のヘラで先ほど剥いだ麻の繊維をこすっていく。ぬめっとした部分がこそぎ落とされて、繊維が平たく真っ直ぐになる。これが精麻。そして、こそぎ落とされた茶色の泥のようなものが「麻垢(おあか)」である。ネーミングが的確。
「麻垢は主に茎の表面部分となります。麻垢を浸した水を植物にかけると元気になるんですよ。麻ひき体験をしたお客様もお持ち帰りされる方が多いです。繊維としても丈夫なので、100円札に使われていたこともある素材です」
麻ひきのやり方を教えてくれたのは、株式会社ジャパン・ヘンプ・クリエーション取締役の村上倫子さん。大森さんとは高校時代の同級生で、数年前に偶然の再会をきっかけに一緒に働くことになったという。
麻ひきは、現在では機械を使っておこなうことが増えたものの、もとは「手引き」といって、私が体験したようにしゃがんで1枚1枚磨き上げていた。その技術を唯一残していた90代のおばあちゃんから、村上さんは手引き麻ひきを習ったそうだ。
「そのおばあちゃんは、とにかくスピードが早いんです。13歳から、学校が終わったら毎日麻ひきをやっていて、急いでやらないと怒られたと言っていました」
シャッシャッと力強く麻垢をこそいでいく。村上さんに見せてもらったお手本の通りにはいかず、いざ自分でやってみると麻垢がこびりついてしまったり、精麻が絡んだりしてしまう。1枚終わって、ふうと息を吐いて持ち上げてみると「え……ぜんぜんきれいじゃない……」。ギャラリーで見せてもらった、金色で真っ直ぐな精麻のようにはなかなかできないものだ。
村上さんによると、麻は育成中に風で擦れただけでも小さな傷ができるといい、畑で倒れてしまったりしたら麻ひきをしても消えない大きな傷になることもある。さらに、麻はぎ(最初の工程)のときにねじれたりしても、もうまっすぐにはならないそうだ。なんと、麻はぎのときの自分のミスがここで響いてくるとは……。きれいな精麻をつくるために、工程のひとつひとつに気を遣い続けなければいけない。
3枚目あたりで、ふくらはぎが痛んできた。二の腕も震え始めている。そして、そうやって別のことを考えると、すぐにヘラがつっかかって精麻がよじれてしまう。
「大森のお母さんは、この麻ひきを毎朝50年近くやっているんですけど、『今日はぜんぶよくできた』っていう日は1日にもないって言うんです。優しい気持ちで向き合わないといけなくて、イライラしてる時はうまくいかないそうです」
体力だけでなく、精神面まで鍛え上げられる麻ひき。実は一番リピーターが多い体験なんだとか。たしかに、「次こそはもっときれいに……」という気持ちになる。それでも私は、足も腕も集中力も、5本で限界を迎えた。
村上さんが私の精麻を干してくれている間、大森さんとデスクを挟んで座らせてもらう。大森さんが家業の麻農家を継いだのは、まったく別の仕事をしてからだという。それが今、麻に向き合うようになった道のりを聞いていった。