未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
104

〜詩が生まれた場所を歩く〜

宮沢賢治が旅した人首の街道

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.104 |25 December 2017
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#5五輪街道の原風景

 五輪峠を下って、私たちは現在も使われている五輪街道へと向かった。どこか神秘的で寒々とした五輪峠と一転して、日が当たるこの街道には人気があり、ほっとするような温かみが感じられた。この街道を下れば、やがて人首の町へと出る。「2度の人首探訪で、賢治はいずれもこの道を通って人首の町へ投宿したと考えられています」と佐伯さん。
 上大内沢という集落に入ると、手入れされた畑や牧草地の合い間に、古い家がポツリポツリと見えてくる。どの家も、この地方独特の、まるでお寺のように大きな屋根と、母屋の手前に家畜小屋がある作りの立派な家屋が並ぶ。このあたりが、2度目の人首の旅で書かれた詩「丘陵地を過ぎる」の風景ではないか、とされている。その一節はこうだ。

水がごろごろ鳴ってゐる
さあ犬が吠え出したぞ
さう云っちゃ失敬だが
まづ犬の中のカルゾーだな
喇叭のやうないゝ声だ
ひばがきのなかの
あっちのうちからもこっちのうちからも
こどもらが叫び出したのは
けしかけてゐるつもりだらうか
それともおれたちを気の毒がって
とめやうとしてゐるのだらうか

『五輪峠・賢治マップ』(賢治街道を歩く会、2013)より引用

 地元の人たちが馬洗淵(まりゃぶち)と呼ぶ、沢が出てきた。地名の通り、昔の旅人たちがここで馬を洗い、水を飲ませ、休憩したのだろう。清冽な水が、確かにゴロゴロと勢いよく流れている。友達は、これはいい音だなあと、聴き入っている。立ち止まって耳を澄ませると、いくらでも聞いていられそうな心地よい響きだった。

 もしかしたら賢治たちも馬洗淵で一休みし、近所のこどもたちに、うちに寄って行け、泊まって行け、とせがまれたのかもしれない。そしてその子供たちとは、少し前までこの家々で暮らしていた世代の、幼い頃の姿なのかもしれないのだ。そんなことを想像すると、詩の世界がぐんと身近に感じられる。
 「この街道が一番、賢治が歩いた当時の面影が残っていると言えるかもしれません」佐伯さんはそう教えてくれた。なんだか昔話の中に出てくるような、美しい道だった。

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未知の細道 No.104

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。