初冬とは思えないほど寒いある日の午後、私は音楽家の友達と共に、人首に向かっていた。水沢から江刺の町を抜けて、盛街道と呼ばれる道を車で登っていく。車を走らせること30分、だんだん人家が少なくなり、心細くなってきたころ、やっと小さな町にたどり着いた。ここが「人首」だ。
目指すは町の中心にある人首城跡に通じる坂の一角にある、古いお屋敷だ。まるでお城のような門をくぐると、樹齢250年を越すという大きな山桜、築山のある庭、二つの蔵、そしてタイムスリップしたような武家屋敷風の家がそびえ立っている。それもそのはず、この佐伯家は仙台藩人首城主沼辺氏の家老だった家柄で、主屋は110年前に建て替えられ、庭は江戸時代中期からあるというから驚きだ。
私はここの家主、佐伯研二さんに会いに来たのであった。佐伯さんはここで暮らしながら古い屋敷の保存と公開、そして「賢治街道を歩く会」というグループを会長の山崎勝さんらと発会し、宮沢賢治の人首での足取りの調査とそれを伝える活動を行っている。これまでに賢治ゆかりの場所を表すマップの発行や、賢治が歩いた道の整備活動、案内板の設置などを続けているのだ。
「まんず」と言いながら佐伯さんは家の中に迎え入れてくれた。部屋の中も、まるで時代劇に出てきそうな立派な作りだ。「こっちは寒いでしょう、本州で一番寒いのが岩手だからね」と佐伯さんは教えてくれた。
「明日は実際に賢治が歩いた道を辿ってみましょう。まんず、今日はゆっくりして!」と佐伯さんが相好を崩し、取材もそのままに宴会となった。冷たいみぞれ混じりの雨が降り出し、底冷えのする夜だったが、まきストーブの前で奥さんの美味しいお料理と岩手のお酒をいただきながら、佐伯さんとの人首の歴史や賢治の話は尽きなかった。
松本美枝子