そういえば隠れ目的であった海鮮も、しっかりといただいた。
ゲストハウス「架け橋」に到着次第、アツさんに「地元のお店、行きませんか?」と誘っていただいたのである。地元民のすすめる海鮮の店なんて、簡単には見つけられない。ひとつ返事で車に乗せてもらい、海鮮居酒屋ぴんぽんへと向かった。
ぴんぽんがある商店街は、話を伺った岡本製氷工場のすぐ近く。いまだ震災以前の店舗で営業している店は少ない。ぴんぽんの店先にも「波がこの高さまで来ました」という印があるのだが、私の身長の2倍以上はある高さだ。ぴんぽんも1階部分で営業を再開できたのは、震災の3年後だという。
店のなかに入ると、外の静かな雰囲気とは一転、地元の人たちで大賑わいだ。メニューには、聞いたこともないような魚介類も並んでいる。とにかく盛り合わせから焼き物まで、片っ端から注文していく。
甘エビはとろとろ、アワビはコリコリ。東京で食べていた海鮮とは、びっくりするくらい食感が違った。刺身盛り合わせのタコなんて、吸盤が口の中で吸い付いてくるようだった。氷の水族館で、足をくねらせていたタコを思い出す。
今回、初めて食べたのが「ホヤ」と「モーカの星」。ホヤは癖があると聞いていたが、食べてみるとトロリとしていて、意外と食べやすい。モーカの星というのは、なんとサメの心臓なんだとか。赤黒い生々しい切り身が置かれたときは、魚介好きの私もさすがに一瞬おののいた。
「気仙沼はサメの水揚げ量が多くて、フカヒレ生産は日本一。勿体無いから心臓も食べてみようっていうのが始まりらしい。さぁ、酢味噌と、塩ごま油。好きな方でどうぞ」
気仙沼に来たからには味わってから帰らねば。そう意を決して、まずは酢味噌でいただく。シャリシャリとコリコリの中間のような、想像とは違う歯ごたえだ。そして見かけによらず、味は淡白。生臭さはなく、どちらかと言うと食感を楽しむもののようだ。
「僕らはいつでも食べれるから、どうぞどうぞ」
そう言って勧めてくれるアツさんに促されるまま、何種類の海鮮を食べたかわからない。こんなに新鮮で、おいしくて、ホタテなんかはもう大きくて……。お会計は一体いくらになってしまうんだと心配したが、なんと東京の居酒屋で飲むよりも安かった。
翌朝、週末だけ架け橋に来るという小出さんと話をした。小出さんも20代前半。震災後に新潟から移住、4年のあいだ南三陸町の水産加工場で働いている。宮城での生活がとても楽しいという小出さんに、氷の水族館を見に来たと伝えると話がはずんだ。
「魚を扱う立場から言えば、あの氷の水族館はおもしろい。普通の水族館と違って、氷の中で凍った魚は細部までよく観察できるから」
まるで泳いでいる魚がピタッと止まってしまったような氷の水族館。地元の人たちも水揚げされた魚は見ることがあっても、氷の中の魚が観察できるのはあそこだけだ。それは標本ともまた違う、新しい展示方法。
なるほどなあ。今回はそういう視点で、氷の水族館を見なかった。とにかく空気の冷たさや、プロジェクションマッピングに興奮していたから。
次は、もっとじっくり見てみよう。岡本さんがひとつひとつ、お客さんの顔を思い浮かべながら並べた魚たち。その細部まで、よく観察したい。
「まあ、あんまり夢中になって見てると凍えますけどね」
そうだった。ずっとは見ていられないけれど、それがまたあの氷の空間を特別なものにするのかもしれない。
宮崎さんが作ってくれた氷の彫刻は、もう溶けてしまっていた。少しさみしい。でも「だからいいんですよ」と言った岡本さんの顔を思い出していた。
ウィルソン麻菜