気仙沼は海の町だ。丘の上から目の前に広がる海を見ればわかるのだが、氷の水族館がある施設、海の市に足を踏み入れた瞬間、改めてそれを実感した。
右を見ても、左を見ても、魚、魚、魚……。もちろん「海の市」という名前から、あえてそういった内容なのはわかるが、それにしても食事処もお土産屋さんも魚貝だらけだ。そしてその一角に、氷の水族館はあった。
ベルギー人の壁画アーティスト、PSOMANさんが描いたという、氷の魚たちが描かれた壁の奥に受付があった。チケットは大人500円。貸出用のジャンパーもあったが、私はロングダウンジャケットで完全防備していたので「大丈夫ですよね」と飛ばそうとしたら、受付のお姉さんに「いや、着たほうがいいです!」と言われてしまった。お姉さんがそう言うなら、と防寒着に防寒着を重ねる。
館内へは2重扉になっており、お姉さんは1枚目の扉までしか一緒に来てくれない。その時点で室内の空気はひやりとしており、ジャンパーを勧めてくれたお姉さんに感謝していた。展示してある魚の種類が書かれたシートを渡され、お姉さんとはお別れだ。
そしていよいよ、マイナス20℃の水族館へ!
おお、寒い、というより空気が冷たい! ずいぶん着込んできたものの、足元や首周りの隙間から冷気が入り込んでくる。外の寒さとはまた違う、風のないひんやりとした空間。身体が一生懸命熱を発してきたのを感じながら、館内を見回す。なかはまさに、氷の世界。魚たちが水のなかではなく、氷のなかで展示される光景は今まで見たこともないものだった。そこまで広くはないが、じっくり見ていたら結構な時間がかかるだろう。
カラフルなライトに照らされる館内では、46種類600匹もの魚たちを見ることができる。驚くのは、凍っているのにまるで泳いでいるかのような臨場感だ。貝は波で揺れているようだし、タコも今にも動き出しそうだ。部屋の中心にある柱では、サンマが群れで泳いでいるように見える。
奥の部屋に進むと、室内の明かりが急に変わりだした。プロジェクションマッピングが、投影されているのである。透明な氷の中で、光の魚が泳ぎ回るその間、私は寒さも忘れて部屋中を見回していた。もっと白っぽい氷を想像していたのに、氷があまりに透明で魚たちがよく見えた。たしかに「水族館に来ている」という実感があった。
我に返ると手足が冷えてきていた。「無理はしないで」と言ったお姉さんの顔が浮かび、名残惜しく感じつつも出口へ向かう。出口付近では、氷の彫刻で作られた気仙沼のPRキャラクター「ホヤぼーや」が見送ってくれた。氷彫刻のパイオニアである清水三男氏が作ったものだ。もう少しよく見たい。でも寒い。その葛藤の末、私は生暖かくも感じる常温の世界に戻ってきた。
ジャンパーのお陰もあって心底冷えてはいなかったが、やはり手足は冷たくなっている。夏に訪れた人たちは、ちゃんと靴下を持参して足先まで防寒することをオススメしたい。受付のお姉さんの顔を見ると、自分がどこか遠い別の場所に行っていたような感覚をおぼえた。それなのに時間を見たら、なんと10分も経っていなかった。それがますます、今までいた氷の世界が別世界だったような気にさせた。
氷の水族館を満喫した私の頭の中に、次々と疑問が浮かび上がってきていた。そもそも、なぜ氷で水族館を作ったのか。あんなに生き生きとした動きのまま凍らせる秘密は、なんなのか。疑問をすべてぶつけるべく、私は氷の水族館の生みの親である岡本製氷冷凍工場を訪ねた。
ウィルソン麻菜