未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
96

小網代の森は、ノアの箱舟!

三浦半島の「奇跡の森」を歩こう

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.96 |10 August 2017
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#8「僕の地球はここだ」

 岸先生に、小網代の森で一番好きな季節はいつかと聞いてみた。
「全部いい。誰もいない冬もけっこういい。一番きれいなのは6月。トンボがいて蝶々がいて…… 。
 小網代にいると、人間は大地の上に生きていて、空があって、海があって、鳥がいて、虫がいて、生き物がたくさんいて、そういう世界の中で生きているという感覚に躊躇なしに浸ることができるんです」
 その口調には、小網代の森への愛情がふつふつと溢れている。

 やっぱり日本全国を見回しても、ここは特別な場所だと思いますか。
 そう私が聞くと、先生はきっぱりとこう答えた。
「さあ? 僕、そんなに日本中を歩きませんから。ずっとここにいて、ほとんど出歩きませんから」
 その言葉には、ハッとさせられた。
「僕は、世界中の珍しい自然とかには、まーったく関心がないです。どこに行ったことがあるとかいう話には一切交わらない。ここが僕の地球だから。僕の地球はここだから。僕にとっては(自然の)お世話をしているかどうかの方が大事。ケアラー(世話をする人)として地球に暮らすのか、旅人として暮らすのか、宇宙人みたいにして暮らすのか。僕はケアラーとして地球に暮らすのが納得できる生き方ですから」
 僕の地球はここ──。
 そう言い切れる生き方は、なんと清々しいことか。旅人として生きることに熱心な私には、本当に身につまされる言葉だった。

ヤマトオサガニのオス。水の中から長く飛び出す目を出して、こちらをうがかっていた。
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未知の細道 No.96

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。