最後に、西池さんは通称「アカテガニの団地」と呼ばれる場所に案内してくれた。森の中の斜面には、無数の穴があいている。
「いましたよ、ここです」という小さな声で手招きをする。
すると……。
いたいた! 赤い小さなカニたち。
急に近づくと穴のなかに隠れてしまうので、そっと遠くから眺めた。
今頃、団地の中は、大切な旅の準備でてんやわんやなのもしれない。これから、えっちら、おっちらと旅をして、たくさんの赤ちゃんたちを海に放つ。
頑張っていってきてねー、と声をかける。
そこから海までの距離を考えた時、それは一世一代の大冒険に違いない。もし海までの間にたった一本でも道路があって、そこに車が走っていたら、きっと多くのカニは海までたどりつけない。小網代の森だからこそ、アカテガニは安心して暮らすことができるのだ。
ここで生きる生き物たちは幸せだろうなあ。
そんなことを考えながら、歩いているともうひとつの森の入り口「宮ノ前峠」に着いた。
ヨットハーバーの向こう側には、リゾート施設「シーボニア」の特徴的な建物が見えてきた。
ここはもう人間たちの世界──。
ゆっくり歩いても二時間ほど。
ひとつの流域をめぐるドラマが、幕を閉じようとしていた。
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小網代の森
所在地:三浦市三崎町小網代、初声町三戸の一部
最寄駅:京急電鉄「三崎口駅」徒歩10分(引橋入口まで)
※駐車場はありませんので、公共交通機関でお越しください。
川内 有緒