未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
96

小網代の森は、ノアの箱舟!

三浦半島の「奇跡の森」を歩こう

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.96 |10 August 2017
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#7蟹のダンスに歓迎されて

 ついに河口に出ると、穏やかな夏の干潟が広がっていた。平和な風景である。適度に水に浸った砂の中ではもう数え切れないほどたくさんのカニがいた。思ったよりも小さく、みんななぜかこっちの方角を見ている。「チゴガニ」というカニだそうだ。
 おー、かわいい!
 カニたちは、みな小さなハサミを上下させて、熱心にダンスを踊っている。これは求愛のダンス。オスがメスにアピールしているらしいが、まるで私たちを歓迎してくれているみたい。

白い手を振り、かわいいダンスで歓迎してくれたチゴガニ。水色の顔がとてもきれいだ。 写真提供:小網代野外活動調整会議

 ところで、小網代の森の一番の人気者といえば、赤い体のアカテガニである。
「アカテガニもこのあたりにいるんですか」
「アカテガニは森に住んでいます。今歩いてきたあたりにも住んでいるはずなのですが、今日は姿が見えないですねえ。もう“移動”が始まっているのかも」
 そう、アカテガニは森に住むという不思議なカニである。
 しかし、まったく海に縁がない、というわけではない。夏の大潮の晩、お腹に卵を抱えた母カニたちは、森から海に向かって大移動をする。そして、無事に海までたどり着くと、赤ちゃんを一斉に海に放出するのだ。
 赤ちゃん(カニとは似ても似つかない不思議な格好をしている)たちは、すぐさま沖に向かって泳ぎだし、なんども脱皮を繰り返して、最後にどうみてもカニ! という格好になって、岸辺まで泳いで帰ってくる。その後、成長しながら、湿地や、森に帰ってゆくのだ。
 つまり、アカテガニは森、川、海、干潟がセットで残っていないと生き残れない。だからこそ、アカテガニはこの森のアイドルなのだ。
 私が小網代の森を訪れたのは7月上旬で、この大移動の時期に当たる。だから西池さんは、「もしかしたら移動が始まっているのかも」と言ったわけだ。
 森のアイドルが見られないのは残念だが、これも自然のサイクル、しかたがないなと思った。

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未知の細道 No.96

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

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「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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