そして、ぼくは下北沢を訪れた。
日本におけるシーシャカフェ発祥の店「シーシャ下北沢」をこの目で見てみたかったからだ。
下北沢駅を降りると、高田馬場に似た学生街らしい賑わいが感じられる。こういう都市の隙間に水タバコ屋はあるのである。個人店の多い商店街を歩いていくと、あの懐かしき縁側があらわれた。
これだ。これがまさにぼくがイランで目にした光景である。店頭にある縁側から醸しだされる、けだるいオーラ。近寄りがたく見えるかもしれないが、実はリラックスしているだけ。この雰囲気がまた中東にそっくりなのだ。
さっそく店内にはいって水タバコを1本、頼んでみる。
出てきたのは、これまたイランを思い出すようなクラシックな水タバコ。
そして、タバコ葉を詰めた陶器にアルミホイルでふたをして、その上に炭を置く。これもまた中東のクラシックスタイルそのもの。炭を置くのも変えるのも実に巧みで上手くて美味い。水タバコの原点を味わいたいなら「シーシャ下北沢」はたまらないはずだ。
では、なぜ日本でのはじまりの場所が下北沢だったのか。聞いてみると、下北沢は渋谷に比べて家賃が安かったことがひとつ、そして、やはり若者の町であることも大きかったという。あらためて店内を見まわしてみると思わず感慨深くなる。ばんびえんはもちろん、日本の多くのシーシャカフェがこのお店がつくりあげた世界観をベースにしていることがわかる気がするのだ。
「毎日が“ちょっと”パーティー。そう話すこともありますけど、うちは店が狭いので座席がこう壁沿いにぐるっと取り囲んでいますよね。だから知らない人どうしでも会話が生まれやすいんです」
その日もまた、人三倍、人見知りのぼくは声をかけあぐねていたのだが、店長さんがさりげなく、となりのお客さんとの距離を縮めてくれる。
「ねぇ、いつものマジックしてあげて」
まだ練習中ダヨ、と手にしていたトランプでマジックを披露してくれたのはインド人。ちなみにそのとなりはドイツ人で、そのまたとなりにいたのはインド人。シーシャ下北沢は外国のお客さんも多いのだ。
話をしてみると、彼はなんとぼくが好きなアニメを手がけたアニメーターだった。人四倍、人見知りのぼくはアニメライターのほうが向いている気がするのだが、アニメにおけるレンズフレアのエフェクトや、CGキャラクターに骨をいれるリギングなど、日本人の友人とも話したことがない会話にのめりこんでしまった。
「うちの社長も昔バックパッカーをしていたんですが、中東で水タバコにハマって、残りの資金をぜんぶ水タバコの買い付けに費やして帰ってきた。そうしてこの店がはじまったと聞いています」
それから14年。下北沢から上がった狼煙は東京各地へ、そして全国各地へ広がっている。
「うちも、あちこちに進出してもよかったんだけどね」
そう笑う店長さんだが、シーシャ下北沢はその2号店も下北沢に据えた。2号店は1号店とは対照的にソファ席もある大きなお店だが、それにライバル会社を含めると、今では下北沢だけで4つのシーシャカフェがある。まさに日本のシーシャカフェのメッカなのだった。
ライター 志賀章人(しがあきひと)