埼玉から来た男性と入れ替わるように、今度は「仕事で八王子まで行って帰ってきたばっかり!ああ、疲れたー!」と言いながら、体格の良い男性が上機嫌で現れた。「ここに来ると2、3杯は飲むね。(お酒を)飲みに行った帰りに寄ることもあるよ。深夜12時までやってるからね。そういえば、昨日も来たばっかりだ」
話しぶりから、アラジンが大好きだと伝わってくる。普段は住宅の窓ガラスに断熱フィルムを貼るという仕事をしているそうだ。
その後も、いろんな年代、様々な職業の人がやってきた。誰かが現れるたびに、一杯の温かいコーヒーがすっと差し出され、夜空に向かって湯気が立ち上る。
魔法みたい、と私は思った。
『アラジンと魔法のランプ』の主人公は、ランプをこすって鬼神を出し、人生の夢を次々と叶えてもらう。ここでは、ランプをこすっても、出てくるのはコーヒーだけ。別に人生が変わったりはしない。
それでも、やっぱり魔法みたいなのだ。
周囲のすべてが変わっても、ここだけは変わらない。刻々と全てが変わりゆくこの現代において、ずっと変わらない味、変わらない風景がここにある。
ランプの鬼神は幻のように消えるが、アラジンは消えない。だから、今日も人々はアラジンに集い、一杯のコーヒーを囲んで、語らい、笑う。身分や立場、年代を超えて、一人の人間に戻って。
カフェ・アラジンのいつもの夜が、今日も更けていった━━。
川内 有緒