未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
80

45年間灯り続ける魔法のランプ

真夜中の珈琲屋台、カフェ・アラジン

文= 川内有緒
写真= 川内有緒、阿部次郎 (一部提供)
未知の細道 No.80 |10 December 2016
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#9カフェ・アラジンの解けない魔法

 埼玉から来た男性と入れ替わるように、今度は「仕事で八王子まで行って帰ってきたばっかり!ああ、疲れたー!」と言いながら、体格の良い男性が上機嫌で現れた。「ここに来ると2、3杯は飲むね。(お酒を)飲みに行った帰りに寄ることもあるよ。深夜12時までやってるからね。そういえば、昨日も来たばっかりだ」
話しぶりから、アラジンが大好きだと伝わってくる。普段は住宅の窓ガラスに断熱フィルムを貼るという仕事をしているそうだ。

 その後も、いろんな年代、様々な職業の人がやってきた。誰かが現れるたびに、一杯の温かいコーヒーがすっと差し出され、夜空に向かって湯気が立ち上る。
 魔法みたい、と私は思った。
『アラジンと魔法のランプ』の主人公は、ランプをこすって鬼神を出し、人生の夢を次々と叶えてもらう。ここでは、ランプをこすっても、出てくるのはコーヒーだけ。別に人生が変わったりはしない。
 それでも、やっぱり魔法みたいなのだ。
 周囲のすべてが変わっても、ここだけは変わらない。刻々と全てが変わりゆくこの現代において、ずっと変わらない味、変わらない風景がここにある。
 ランプの鬼神は幻のように消えるが、アラジンは消えない。だから、今日も人々はアラジンに集い、一杯のコーヒーを囲んで、語らい、笑う。身分や立場、年代を超えて、一人の人間に戻って。
 カフェ・アラジンのいつもの夜が、今日も更けていった━━。

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未知の細道 No.80

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。