未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
80

45年間灯り続ける魔法のランプ

真夜中の珈琲屋台、カフェ・アラジン

文= 川内有緒
写真= 川内有緒、阿部次郎 (一部提供)
未知の細道 No.80 |10 December 2016
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#8今日も誰かがやってくる

月の下で飲むコーヒーはまた格別。

 それにしても、決して楽な仕事ではないと次郎さんは言う。
路上の夏は夜まで暑く、冬は凍えるほど寒い。定休日はなく、雨や風の日だけが休みだ。仮に年間300日開店しているとすると、45年で13,500日。
「この仕事は本当に体力勝負だよ。でも、ほとんど風邪ひいたことないな。きっと精神力が違うんだな!」
「急に雨が降ってきたらどうするんですか?」
「ずぶぬれだよ! 見たでしょ、準備するのに一時間かかるのに、そんなにすぐにしまえないよ」
 そうですよねえと私は頷いた。Twitterをやっているという次郎さんのアカウントを覗いてみると、天気についての投稿も多かった。
 “アラジン、準備出来ましたが、また降りだしましたので18時で撤収しました! 明日のお越しをお待ちしてます”という投稿もあった。

 しかし、お客さんがゼロの日は一度もない。とにかく、開けていれば誰かは必ずやってくる。 「この仕事で楽しいことは、普通に生活していたら出会えない人に会えること。すべてのジャンルの人が来るよ」
 父親の代から通い続ける近所の人。サラリーマン、公務員、主婦、新聞記者、バイク乗り、イラストレーター、隣の文化ホールで演奏するオーケストラの楽団員、日本一周旅行中の女性もやってきた。一人でぶらりとやってくる近所の高校生もいる。
「小学校四年生の常連さんもいるよ。お父さんと一緒にくるの。あの子はすごいね。いつもブラックで飲むんだから、本物のコーヒー好きだよね」

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未知の細道 No.80

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。