未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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45年間灯り続ける魔法のランプ

真夜中の珈琲屋台、カフェ・アラジン

文= 川内有緒
写真= 川内有緒、阿部次郎 (一部提供)
未知の細道 No.80 |10 December 2016
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#3風景がガラリと変わる

屋台の場所が変わることはない。 足利市民会館を目指して行けば見つけられる。

 挨拶もそこそこに、二人はテキパキとお店の準備を始めた。屋台と聞くと、いかにもモバイルで、あっという間に開店できそうな印象があるが、アラジンはどうやらそうはいかないらしい。
 屋台を通りの角にセットし、周囲にベンチやテーブルを並べる。そのあとは、看板を下げ、屋台に装飾品や鈴を飾り、中東風の布をカウンターに敷き、カップやポットを並べ……と準備が延々と続く。毎日のことだと思うとなかなか大変だ。
 屋台の中には、夕日を浴びたモスクが描かれた絵がかけられていた。
「これは、イスタンブールですか」
 そう聞くと、「そうかもね。親父が描いたんだ。親父は外国に行く船のコックをしていたから、その時に向こうで見た風景を思い出して描いたんじゃないかなあ」
 次郎さんは、準備の手を止めずに答えた。イスタンブールには、何回も行ったことがあった。ボスポラス海峡の反対側からブルーモスク側を見た風景じゃないかなあと思った。
 さっきまで何もなかった場所に、着々とお店ができ上がっていく。

丁寧に豆の選別をする阿部次郎さん。

 一通りセッティングを終えると、今度は次郎さんが大きな缶からコーヒー豆を取り出し、丁寧に選別を始めた。豆のブレンドも焙煎所も父親の代から変えていない。 
「準備は二人で一生懸命やっても一時間半はかかるよ。片付けも一時間はかかる」
 そう言いながら、次郎さんたちは豆を挽き、休むことなく体を動かし続けた。
 最後にランプに火を灯し、テーブルにはキャンドルが置かれた。コーヒーの麻袋で作った天幕をぐるりと屋台の周りに貼ると、小さなコーヒー店の完成だ。
 さて、今日もカフェ・アラジンの開店の時間がやってきた。

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未知の細道 No.80

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。