挨拶もそこそこに、二人はテキパキとお店の準備を始めた。屋台と聞くと、いかにもモバイルで、あっという間に開店できそうな印象があるが、アラジンはどうやらそうはいかないらしい。
屋台を通りの角にセットし、周囲にベンチやテーブルを並べる。そのあとは、看板を下げ、屋台に装飾品や鈴を飾り、中東風の布をカウンターに敷き、カップやポットを並べ……と準備が延々と続く。毎日のことだと思うとなかなか大変だ。
屋台の中には、夕日を浴びたモスクが描かれた絵がかけられていた。
「これは、イスタンブールですか」
そう聞くと、「そうかもね。親父が描いたんだ。親父は外国に行く船のコックをしていたから、その時に向こうで見た風景を思い出して描いたんじゃないかなあ」
次郎さんは、準備の手を止めずに答えた。イスタンブールには、何回も行ったことがあった。ボスポラス海峡の反対側からブルーモスク側を見た風景じゃないかなあと思った。
さっきまで何もなかった場所に、着々とお店ができ上がっていく。
一通りセッティングを終えると、今度は次郎さんが大きな缶からコーヒー豆を取り出し、丁寧に選別を始めた。豆のブレンドも焙煎所も父親の代から変えていない。
「準備は二人で一生懸命やっても一時間半はかかるよ。片付けも一時間はかかる」
そう言いながら、次郎さんたちは豆を挽き、休むことなく体を動かし続けた。
最後にランプに火を灯し、テーブルにはキャンドルが置かれた。コーヒーの麻袋で作った天幕をぐるりと屋台の周りに貼ると、小さなコーヒー店の完成だ。
さて、今日もカフェ・アラジンの開店の時間がやってきた。
川内 有緒