未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
80

45年間灯り続ける魔法のランプ

真夜中の珈琲屋台、カフェ・アラジン

文= 川内有緒
写真= 川内有緒、阿部次郎 (一部提供)
未知の細道 No.80 |10 December 2016
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#4ランプの灯りのコーヒー屋さん

「コーヒーをいただけますか?」とさっそく頼んだ。
 朝からまだコーヒーを飲んでいなかった。私は毎朝コーヒーを飲むのが習慣なのだが、今日はせっかくだから、ここで最初の一杯を飲もうと決めてきた。
 頭上を見上げると、すでに星が見え始めている。日が落ちてから、気温がぐっと冷え込んできた。しかし、石油ストーブと麻袋の天幕おかげでそれなりに温かい。
 父・弥四朗さんがしてきたのと同じように、次郎さんがネルドリップで丁寧にコーヒーを入れる。メニューは、ブレンドコーヒーだけ。ポットからお湯が注がれるたび、ポタリ、ポタリと一滴ずつコーヒーが落ちていく。

 それを眺めながら、私が生まれ育った東京の街にも、かつては屋台があったことを思い出しだ。あれは、おでん屋さんだった。お腹がすくと、一個30円くらいちくわぶやタマゴを買ったものだ。大きなメガネをかけた優しいおじさんだった。いま日本全国の路上から、どんどん屋台は姿を消している。なんとも寂しいことである。
 それにしても、夜のコーヒー屋台さんなんて、当時も今も、すごく珍しいだろう。
「どうして夜だけの営業なんですか?」と私は聞いた。
「もともと親父がやっていたのが夜だったからね。ランプをつけてやりたいというのがあったみたい。たぶんランプの雰囲気が好きだったんじゃないかなあ」
 確かに、オレンジ色の炎がチロチロと揺れ、とてもきれいだ。

 数分後、「どうぞ」とコーヒーが差し出された。
 一口ずつ、ゆっくりと飲む。寒いぶんコーヒーの温かさが体に染みわたった。
 おいしいコーヒーだった。すっきりした味わいで雑味がない。それでいて、どっしりとした味がした。このブレンドを作ったのも、父・弥四郎さんだそうだ。
「しっかりした味だよね。昔は、日本でコーヒーっていうと、だいたいアメリカンとかで薄かったんだけど、それとは全然違う味だろう。まろやかだけどコクもある。親父はよくヨーロッパに行ってたからその影響じゃないかな。うん、コーヒーだけは自信があるんだ」

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未知の細道 No.80

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。