「コーヒーをいただけますか?」とさっそく頼んだ。
朝からまだコーヒーを飲んでいなかった。私は毎朝コーヒーを飲むのが習慣なのだが、今日はせっかくだから、ここで最初の一杯を飲もうと決めてきた。
頭上を見上げると、すでに星が見え始めている。日が落ちてから、気温がぐっと冷え込んできた。しかし、石油ストーブと麻袋の天幕おかげでそれなりに温かい。
父・弥四朗さんがしてきたのと同じように、次郎さんがネルドリップで丁寧にコーヒーを入れる。メニューは、ブレンドコーヒーだけ。ポットからお湯が注がれるたび、ポタリ、ポタリと一滴ずつコーヒーが落ちていく。
それを眺めながら、私が生まれ育った東京の街にも、かつては屋台があったことを思い出しだ。あれは、おでん屋さんだった。お腹がすくと、一個30円くらいちくわぶやタマゴを買ったものだ。大きなメガネをかけた優しいおじさんだった。いま日本全国の路上から、どんどん屋台は姿を消している。なんとも寂しいことである。
それにしても、夜のコーヒー屋台さんなんて、当時も今も、すごく珍しいだろう。
「どうして夜だけの営業なんですか?」と私は聞いた。
「もともと親父がやっていたのが夜だったからね。ランプをつけてやりたいというのがあったみたい。たぶんランプの雰囲気が好きだったんじゃないかなあ」
確かに、オレンジ色の炎がチロチロと揺れ、とてもきれいだ。
数分後、「どうぞ」とコーヒーが差し出された。
一口ずつ、ゆっくりと飲む。寒いぶんコーヒーの温かさが体に染みわたった。
おいしいコーヒーだった。すっきりした味わいで雑味がない。それでいて、どっしりとした味がした。このブレンドを作ったのも、父・弥四郎さんだそうだ。
「しっかりした味だよね。昔は、日本でコーヒーっていうと、だいたいアメリカンとかで薄かったんだけど、それとは全然違う味だろう。まろやかだけどコクもある。親父はよくヨーロッパに行ってたからその影響じゃないかな。うん、コーヒーだけは自信があるんだ」
川内 有緒