未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
80

45年間灯り続ける魔法のランプ

真夜中の珈琲屋台、カフェ・アラジン

文= 川内有緒
写真= 川内有緒、阿部次郎 (一部提供)
未知の細道 No.80 |10 December 2016
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#7千客万来!

 6時半。ついに一人目のお客さんが現れた。
「去年、たまたまテレビ番組でアラジンのことを知って、ずっと来たいと思ってました」
 そう嬉しそうに言うのは、埼玉の行田から車で40分かけて来たという三十代の男性。「やっとこられて嬉しいです」
 白いカップにコーヒーが注がれると、「ああ、おいしい」と味わった。飲み終わると、すぐに2杯目を頼んだ。
 その後、大手新聞社で働いている若い女性もやってきた。私たち三人は相席になったので、自然に「こんにちは、どこから来たんですか」と話が始まった。彼女は、西日本から栃木に転勤になったばかりで、ここに来るのは同じく初めて。
 こうして常連でもない三人が、夜のコーヒーを囲んでいることが不思議だった。ゆらゆらとした炎が私たちの顔を照らす。こんなに優しい光の中だったら、どんな打ち明け話もできそうな気がした。私も思わず2杯目のコーヒーを頼んだ。

 その時、「マスター、コーヒー二つね!」という元気な声が天幕の外から聞こえてきた。
「常連さんだよ。いつも車の中からオーダーして、車を駐車してから来るんだ」 
と、次郎さんはコーヒーを淹れる準備を始めた。
 2分ほどすると、五十代くらいの男女が楽しそうな笑顔でやってきた。
「どこに座りますか?」
 次郎さんが声をかけると、「あっち!」と石油ストーブから一番遠い路上のテーブル席を指差した。
「寒くないですか? 席をかわりましょうか」
 そう声をかけると、「全然、寒くないねえ!こっちの方が好きなんだ」と男性の方が元気よく言う。女性の方は、「寒いなあ、寒いなあと思いながら、温かいコーヒーを飲むのがいいのよ!」とこれまた嬉しそうである。ふたりは趣味の仲間だそうだ。
 外食をした後に、ここに寄ってコーヒーを飲むのが習慣になっている。
「ここのコーヒーを飲んだたら、他ではもう飲めないよ! 本当においしいもん。東京にもたまに行くけど、こんなにおいしいコーヒーはないよね」(男性)
「コーヒーもそうだけど、マスターの人間性に惹かれてきてるのよ。そうねえ、週に一回は必ず来るわね。だって、こんなすてきなところって他にないじゃない? こうやって落ち葉が降る中で、夜のコーヒーが飲めるなんてねえ」
 女性は幸せそうに空を見上げた。
 次に現れたのは、コーヒー好きで、カフェ巡りが趣味という若い男性である。
「ここのコーヒーが本当に好きです! ここのおいしさは、言葉ではうまくいいあらわせない。それに、店主の人柄かなあ。僕みたいな若造でも、気兼ねなく話してくれるのが嬉しいんです」

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未知の細道 No.80

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。