未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
80

45年間灯り続ける魔法のランプ

真夜中の珈琲屋台、カフェ・アラジン

文= 川内有緒
写真= 川内有緒、阿部次郎 (一部提供)
未知の細道 No.80 |10 December 2016
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#5遠い異国で見た風景を

 明治生まれの父・弥四郎さんは、若い頃は外国に行く大型船のコックをしていた。
「スエズ運河なんか通って、中東やヨーロッパによく行ってたみたいだよ。戦前の話だ」
戦争が終わると弥四郎さんはレストランのコックとして働き、子ども四人を育てあげた。そして65歳になった時、弥四郎さんは家族に告げた。
「屋台のコーヒー屋をやりたい」
 頭の中にイメージしたのは、かつて中東やヨーロッパで見た路上のチャイ屋やコーヒースタンド。そこでは、いっぱいのお茶やコーヒーを囲んで、人々は話に花を咲かせていた。弥四郎さんは、そんな風景を足利にも作りたいと夢見ていた。
 しかし、家族は猛反対だった。
「だって、コーヒーの屋台なんて六十五歳になってから始める仕事ではないと思ってさ。四人兄弟の中で反対しなかったのは妹だけだったなあ」(次郎さん)
 しかし、弥四郎さんの決心は揺るがなかった。場所は家の近くの四辻を選んだ。すぐ脇には川が流れ、田んぼがあり、大きなイチョウの木があるゆったりとした場所だ。
 そして、アラジンの魔法のランプに、初めての火が灯された。1971年のことである。

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未知の細道 No.80

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。