未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
80

45年間灯り続ける魔法のランプ

真夜中の珈琲屋台、カフェ・アラジン

文= 川内有緒
写真= 川内有緒、阿部次郎 (一部提供)
未知の細道 No.80 |10 December 2016
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#2屋台が道をやってきた

 渡良瀬川にかかる橋を渡る。
 雲ひとつないすばらしい秋晴れで、11月だというのに汗ばむほどの陽気だ。
 途中で、回り道をして、国宝に指定されたという鑁阿寺に寄ってみた。室町幕府を起こした足利氏の居館跡だそうで、敷地内では巨大な銀杏の木が黄金色に輝いていた。銀杏はなんと樹齢600年で、天然記念物に指定されているらしい。紅葉があまりにも見事で、ここでゆっくりしたいという誘惑に駆られたが、一刻も早くアラジンのコーヒーを飲んでみたいという欲望が勝ったので、先を急ぐ。
 45年間変わらないコーヒーって、どんな味なのだろう?
 再び地図を広げる。ええと、国道に出た後は、ひたすらまっすぐ進むだけ━━。
 国道は想像していた以上に、活気がなかった。歩いている人も、開いている商店もまばらだ。こんなに何もない場所で、本当にコーヒー屋さんが成り立つのだろうか。
 しばらく国道を進んだが、特にそれらしいものは見当たらなかった。
 もしかしたら、まだ開店していないかもしれない。アラジンの開店時間は、夕方から夜十二時まで。時計を見ると、三時を指している。もしまだ開店していなかったら、通りすぎてしまう。
 また不安に感じて、信号を待っていたおばあさんを捕まえ、「アラジンって知っていますか」と尋ねてみた。
「ああ、もう少しまっすぐ言った角のところよ。(足利)市民会館の手前。でもまだやってないんじゃないかしら」とおばあさんは、優しく教えてくれた。

鑁阿寺の大銀杏の紅葉は、11月の後半が見頃だ。

 しばらく進むと、四辻に一台の木製ベンチがポツンと置いてあった。こんなバス停でもないところにベンチなんて不自然きわまりないので、きっとここだ!と閃いた。
 しばらく待っていると、国道の向こう側から、重そうな屋台を引いた男性がやってきた。その後ろには、椅子を両手に持った男性もいる。
「こんにちは、東京から来た川内です」と声をかけると、ビンゴだった。二人が、カフェ・アラジンの二代目、阿部哲夫さんと次郎さんだった。

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未知の細道 No.80

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。