栃木県足利市
開店から45年目を迎えたカフェ・アラジンは、珍しいリヤカー屋台によるコーヒー店である。開いているのは、夕方から深夜まで。カップから立ち上る湯気と共に空を見上げれば、星がキラリと光る。ランプに揺らめく炎、そしてコーヒーの味も45年前と同じ。そんな幻のような珈琲店の千夜……、いや一夜の物語。
最寄りのICから北関東自動車道「足利IC」を下車
最寄りのICから北関東自動車道「足利IC」を下車
澄み渡った秋の夕暮れを見上げれば、すでに一番星がキラリと光っていた。
「昨日は、親父の命日だったんだ。31回目の」
テキパキと開店の準備しながら、次郎さんは言った。その横で、兄の哲夫さんが、ポットやランプの準備をする。
じゃあ、アラジンを引き継いでもう31年なんですね。そう言うと、次郎さんは、そうだよ、と頷いた。二人は、珍しいリヤカー屋台によるコーヒー店、「カフェ・アラジン」の二代目である。
やがて夕闇が訪れると、ランプから漏れる炎があたりをオレンジ色にほんのりと染め上げた。45年もの間、変わることなく足利の街角を照らし続けた灯り━━。
今日もアラジンの開店時間がやってきた。
さて、私が栃木県・足利市駅のプラットホームに降り立ったのは、さかのぼること二時間前のことだった。足利に来たのはこれが初めて。北千住から特急で60分、けっこう東京から近いんだなあと思った。
足利といえば渡良瀬川、渡良瀬川といえば森高千里さんの『渡良瀬橋』である。そう即座に連想できる人は、アラフォー以上の人であろう。きれいなところで育ったね〜、に続く歌詞を思い出そうとしていると、本当に『渡良瀬橋』のメロディが頭上から大音量で流れてきた。なんと『渡良瀬橋』は、電車の発着メロディになっているのだ。
駅の観光案内所で、「カフェ・アラジンに行きたいのですが」と尋ねた。屋台には明確な住所がないので、ちゃんと見つけられるかが不安だった。
女性は親切な口調で「アラジンさんは、国道沿いのこの辺りにいますよ」と地図を出してきて、しっかりと印をつけてくれた。
「見たらすぐにわかりますか」と不安を隠せない私に、女性は「ええ、わかると思います。それは、もう独特の雰囲気ですから! ただ、今日はやっているのかしら? 行ってみないと分からないですね」とにこやかに答えた。
川内 有緒