未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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馬と共に歩んでいきたい 女手ひとつで作られた美しき馬森牧場へ

馬と共に歩んでいきたい 女手ひとつで作られた美しき馬森牧場へ


千葉県南房総

南房総に、馬8頭、そして犬や猫までが一緒に暮らす美しい牧場がある。馬と一緒に生きていきたいと願った女性が、何年もかけてひとりで森を切り開いて作ったものだ。一体どうして、どうやって彼女はここに牧場を開いたのか? そのリアル開拓史と逞しい女性の素顔とは。

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.63 |20 March 2016
  • 名人
  • 伝説
  • 挑戦者
  • 穴場
千葉県

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#1群れのリーダー

 その“開拓者”は短い髪に、涼しげな目をしていた。ほうきで床を掃いているだけでも様になり、思わずカメラを向けた。
「わたし、レレレのおじさんです。空いている時間は全部掃除です。掃除が嫌いだったらこの仕事はやれないです」
 そう微笑むと、またザッザッと軽やかにほうきを動かす。自分の体を動かして働く人はやっぱり美しい。
 壁にはたくさんの乗馬道具がぶら下がり、柵の向こう側には数頭の馬が佇んでいた。パッと見ただけでも、実にいろいろな馬がいる。白と栗毛の美しい馬もいれば、黒くてずんぐりした子馬も。名前も、ダイフク、メリー、モミジ、パンダなどなど。
「みんな雑種です。誕生日もわからないし、“どこの馬の骨とも分からない”」
 そんな八頭が、この南房総の馬森(まもり)牧場で暮らしている。さらには元気いっぱいのボーダーコリーや数匹の猫たちまで。動物の群れのリーダーは、菅野奈保美さん。
 森を抱え込んだような広い敷地内では、乗馬をしたり、ホースセラピーが受けられる。経験者ならば、森の中や竹やぶコースなど、馬場の外でも馬に乗ることできるらしい。宿泊施設やバーケベキュー設備もあるこの場所を、彼女はほぼ一人で運営している。
 というわけなので、彼女は世間的には「牧場オーナー」になるわけだが、私からみたら、フロンティアの開拓者である。ここは少し前まで広大な荒れ地だったのだが、そこを何年もかけて開拓したのがこの人なのだ。都会育ちの私は、たくましい人に対して無条件に近い憧れがある。それが女性ならば、なおさらだ。その開拓者に会ってみたい、そして、ついでに馬という生き物に乗ってみたいという好奇心で、ここに来たわけだった。
 柵の向こうの馬たちは、私たちが近づくとのっそりと顔を出した。見つめてくる瞳の黒さは、吸い込まれそうなほどだ。
「こんにちは」と挨拶し、そっと頬に触れてみた。タフタフとしていて柔らかい。その横では、私と一緒に来た一歳の娘が、まるで臆することなく、「タッチ! タッチ!」と言いながら、馬の頭を遠慮なくはたいていた。彼女が大型動物に触れたのは、これが初めてだ。

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未知の細道 No.63

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。