未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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馬と共に歩んでいきたい

女手ひとつで作られた美しき馬森牧場へ

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.63 |20 March 2016
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#6たった5センチで世界は変わる

開拓の開始から八年が経ち、「アフター」となった今は、土の馬場と明るい草地が広がっている。

 私たちは、木立の中をしばらく歩き続けた。大きな木々がそよ風に揺られ、やわらかな光が揺れている。あたりに響くのはウグイスの鳴き声ばかりだ。
 森の中では、土中からふきのとうが芽を出し、木々には可憐な蕾が顔をのぞかせている。すぐそこに、春は来ているらしい。
 起伏に富んだ森の土地なので、歩いているだけで景色が変わっていく。私たちは、ただ日差しのなかを歩くことを楽しんでいた。
 しばらく行くと、馬のトレーニングや乗馬を行う丸馬場が見えた。もともとは、ここも雨が降るとズブズブと膝まで土中に潜るような厄介な場所だったそうだ。
「実は、ここの地下には“暗渠”が通っているんです」
と菅野さんは説明する。暗渠とは、地下に埋没した水路のこと。人工的に水の流れを作ってあげることで、雨水をスムーズに排水する土木工事だ。これも溝を堀り、貝殻を並べるなどして試行錯誤で作った。ひと通り作っては失敗して、また最初からやり直すことも。とにかく何から何まで手探りだった。
「でも、ひとりでじっくり向き合えるのは幸運でしたね。誰かに『次はこう』と道順を教わっていたら、そんなに面白くなかったかもしれない。無駄が宝です」
 こんな風にどこまでもポジティブな考えの菅野さんだが、子供の頃は「暗い子でしたね。ネガティブで。漫画読んでゲームやって」というので驚いた。
 そんな性格を変えるきっかけとなったのが、美容整形だったそうだ。二十代の頃の菅野さんはぽっちゃりしたお腹がコンプレックスだった。自然に猫背になり、人とも目を合わせたくないほどに暗かった。しかし、思い切って脂肪吸引の施術を受けると、ウェストが5センチ細くなった。
「あ、私、お腹を見せてもいいんだと思ったら世界が変わった。自分は自分で変えることができるのだと気付いて気持ちが楽になった。たった5センチで世界は変わるんです」

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未知の細道 No.63

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。