未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
63

馬と共に歩んでいきたい

女手ひとつで作られた美しき馬森牧場へ

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.63 |20 March 2016
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#2ある日、下りてきた

ボーダーコリーのトミーと一緒に散策

 厩舎の掃除を終えた菅野さんは、「じゃあ、牧場を案内しますね、もうふきのとうの芽も出ているかもしれませんね」と言い、ゆったりとした足取りで歩き始めた。
 二月だというのに、シャツ一枚で過ごせるほどの日差しが降り注ぐ。足元の土はふわふわとやわらかい。馬の蹄を傷つけないようにとウッドチップが敷いてあるところもある。光を浴びて、深呼吸をするうちに、体に溜まった疲れが少しずつ溶け出していくようだった。
 アクアラインを通れば、東京からここまでたったの一時間四十分。それで、こんな異世界にたどり着ける。それは、嬉しい驚きだった。
「あ、これ、私の愛車!」
と菅野さんが指差す先には、工事現場さながらのショベルカーがあった。必要に迫られて資格を取得し、あちこちにぶつけたり、電線を切ってしまったりしながら操作を覚えたそうだ。 「確か……もともとここは荒れた竹やぶだったんですよね」と、牧場のホームページに書かれていたことを確認する。
「そうです。ほらほら、これが“ビフォー”ですよ!」
 そう指差した先には、体を入れる隙間もないほどに竹が密集し、竹林というよりもはや竹の塀がそびえていた。やぶの中は、真っ暗である。
 私は“アフター”となった日当たりの良い草地を眺めながら、「こ、これは、すごーく大変じゃないですか……!」と絶句した。

 今年四十五歳になる菅野さんがここに引っ越してきたのは、今から八年前のことだ。それまでは、神奈川県の市街地にある2DKの小さなアパートに住んでいた。当時の仕事は、美容整形外科のドクターや施術体験者を紹介するサイトを運営するというもの。時にはアメリカにも取材に行ったそうだ。
「それが、どうして馬だったんですか?」
「ある日、下りた! 初めて馬を見た瞬間に、これだ、って動けなくなった」

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未知の細道 No.63

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。