未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
63

馬と共に歩んでいきたい

女手ひとつで作られた美しき馬森牧場へ

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.63 |20 March 2016
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#3全ては直感で

牧場からの眺め。天気が良ければ富士山も見える

 そこは、府中競馬場だった。  当時のパートナーである淳(まこと)さんはギャンブル専門のライターをしていて、「ビールと焼きそばを食べに行こう」という言葉につられて、ピクニック気分で競馬場に出かけた。そして、厩舎にいた馬を何気なく見た瞬間のことだ。
「時間が止まった。周りの音がバーっと聞こえなくなった。それまで音が聞こえなくなったことなんてなかったから、これだ! これしかないって」
 すぐに乗馬クラブに通い始め、仕事の合間に馬に乗る生活が始まった。もちろん、まだ牧場をやるなどということは考えていなかった。
 そんなある日。雑誌を眺めていたら、占いコーナーに目が止まる。
 ─東の不動産、今があなたの運気絶好調!─
 おお、そうか、と菅野さんは思った。それからの動きがすごい。その日のうちに東へ、東へと車を走らせる。太平洋にぶち当たると、そのままアクアラインで東京湾を突っ切り、千葉県の房総半島へ。そして、南房総にたどり着くと、そのまま不動産屋に飛び込んだ。
「そして、最初に紹介された家をすぐに購入しました」
あっぱれ! としか言いようがない。買ったのは、里山が見える一軒家だった。
 怒涛の展開に圧倒されつつ、いったいどんな占いだったんですかと聞くと、「Dr.コパの風水占い」だというので、なんだか力が抜けた。しかも、特に占いにハマっていたとか、Dr.コパの大ファンだったということもない。 「なんとなく目に入っただけ。でも、直感で動いて後悔したこと一度もない」

その稲妻のような決断にびっくり仰天したのは、淳さんだった。彼は完全なるインドア派で、虫が嫌いだからそんなところには住めないと言い出した。しかし、時すでに遅し。
「私は理解を求めるつもりもなかったから、ダンボールに荷物をまとめて『じゃあ!』と言ったら、結局は俺も行くって。来てみたら、インターネットのスピードは速いし(人口が少ないため)、東京にも一時間半で出られるしで、すごく気に入っていました」
 というわけで、結果オーライ。田舎暮らしをしながら、二人とも以前からの仕事を続けていた。しかし、その後、さらなる急展開が待っていた。購入した家に隣接する土地の所有者が、「ねえ、この土地を買わない?」と持ちかけてきたのだ。そこは1.5ヘクタールもある広大な丘陵地。すぐにひとつの気持ちが固まった。すなわち、ここに牧場を開き、馬と一緒に生きていくということである。そこから、西部開拓劇のような日々が始まった。

牧場の近くには海水浴ができる海岸もあり、海も山も森も楽しめる。
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未知の細道 No.63

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。