未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
62

群馬の中の小さな異国、モスクのなかの広い世界

伊勢崎モスクでの長い1日

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.62 |10 March 2016
この記事をはじめから読む

#9夜明け前の礼拝

朝5時。夜中になってやっぱりパパとママのところに帰る〜と言い出したラビアちゃんを先生のおうちまで送っていき、そのあと、なんとなく目が冴えて昨夜はなかなか寝付けなかったのだが、それでも、私ははっきりと目が覚めて起き上がった。 モハンマド先生も5時半には、やってきた。 早朝のお祈りは、いつもあまり来ないんだけど、昨日は遅くまで食事会があったから、今日は誰も来ないかもしれないな……、と先生が呟いた通り、今朝のお祈りは先生ひとりだけだった。

広い礼拝所で先生は一人、コーランを静かにめくっている。 コーランは一番大切な本だから、下には置かないで、いつも本棚の上の方に置くんですよ、と先生は昨日言っていた。だからだろう、大事そうにそっとコーランを手にして、それに目を通している。

お祈りが始まった、と思ったら、それは5分くらいだろうか、短い時間だった。 はい、朝のお祈りはこれでおしまい、と言って先生はこちらを振り返った。二日間にわたったが、5回のお祈りをこうして全て見学させてもらった、ここ伊勢崎モスクでの私の丸一日の滞在は、とうとう終わろうとしていた。 それでは今日は帰ります、また必ず遊びに来ます、と告げると、先生は「じゃあ駅まで車で送りましょう」と言って立ち上がった。 でも駅までは、たったの徒歩3分なのだ。それには及びません、大丈夫です、と私が恐縮すると、先生は「ダメダメ、ダメダメ! 朝はまだ寒いんだから」と言って、さっと外へ出て行ってしまった。

先生、長時間、取材させていただき、本当にありがとうございました、と私は心からのお礼をいった。その後、ちょっとだけ気になって、こう聞いてみた。 先生、こんなに長く取材して帰る人っていますか? と。 するとモハンマド先生はニコッと笑って、「いない、だいたい1時間か2時間くらいかな」と答えたのだった。 あちゃ……と思ったが、もう仕方がない。でも先生やムスリムのみんなのおかげで、私は日本にいながらにして、外国でも体験できないような1日を経験させてもらえたのだった。

短い距離だから、本当にあっという間に、車は駅へと着いた。またいつでも遊びにいらっしゃい、と言って、それから「電車の中で飲むように」と暖かい紅茶の缶を渡してくれて、先生はまたモスクへと戻っていった。

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.62

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。