未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
62

群馬の中の小さな異国、モスクのなかの広い世界

伊勢崎モスクでの長い1日

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.62 |10 March 2016
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#7結婚の儀式

先生とマリヤム恵美子さん一家。

そうこうしているうちにモハンマド先生の奥さんと子供たちが、モスクへとやってきた。マリヤム恵美子さん、日本人だ。3人の子供たちも一緒だ。一番上の娘さんで、地元の中学校の制服を着たサナちゃんは、目のぱっちりとしたとてもかわいいい女の子だった。ウルドゥ語がペラペラで、お父さんであるモハンマド先生とは、なんとウルドゥ語で話している!

マリヤム恵美子さんは、先生のお仕事を手伝うというほどではないけれど、時々先生の通訳をしたりします、教えてくれた。
先生のお仕事は礼拝のほかに、どんなことがあるのですが、と恵美子さんに尋ねると、他県のモスクに出張するのだという。先生は日本全国、いろんなモスクに礼拝の出張をするんですよ、茨城もよく行くし、最近は沖縄にいきましたねえ、と恵美子さん。
「それから結婚式とかね……」とモハンマド先生。
結婚式?! と聞き返すと、日本の結婚式とはちょっとイメージがちがうかも……結婚の儀式というか、強いて言えば日本の神前式みたいなものでしょうか、と恵美子さんが教えてくれた。

するとなんと先生が、そういえば今日の夕方、結婚式があるよ! という。見ていってもいい、というので、こんな機会は滅多にないだろうから静かに見学させてもらうことにした。
夕方、日本人女性とムスリム男性のカップルと、それから二人の友人だろうか、結婚の証人となる男性が二人、連れ立ってやってきた。
証人が見ている前で、先生が厳かにコーランの言葉を言い、結婚の誓いを執り行った。今まで私が見たなかで最も短く、そして最も簡潔な結婚式だった。

最後に先生がお祝いとして新婦に現金を渡した。日本の新婦さんはちょっと戸惑って、旦那さんにそれを渡そうとしたが、先生や証人たちに、「あー、いいのいいの! それは旦那さんにあげちゃダメ、奥さんが一人で使うものなんです!」と押しとどめられていた。どうやら伝統的なならわしのようだ。

さて結婚の儀式が終わり、日没後の礼拝にも参加したあと、私は帰りの足がなくなってしまうので、残念だが夜の礼拝は参加できずに、おいとましなければいけないことを先生に告げた。
するとモハンマド先生が「美枝子さん、明日の土曜日の夜の礼拝は、また集団礼拝なので、たくさんの人が来ます。礼拝のあとはみんなでご飯を食べるし、きっと奥さんたちや、それからムスリムではない日本人も来ますよ。参加したら、きっとあなたにとっていいと思う。だから今日は私のうちか、このモスクに泊まっていきなさい」というではないか。

なんと! それは参加したい……! それにぜひみなさんのところにも泊まってみたい。でも私は残念ながら明日の朝一で、水戸で撮影の仕事が入っていたのだった。先生にそう言うと、じゃあ、また明日の夜においでなさい。明日はきっと夜遅くまでみんなモスクにいるから、そのあとモスクへ泊まっていくといい、といってくれた。
私はうれしくなり、今日のところはひとまず帰宅することにしたのであった。

中学3年生のサナちゃんは日本語とウルドゥ語のバイリンガル!
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未知の細道 No.62

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。