未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
62

群馬の中の小さな異国、モスクのなかの広い世界

伊勢崎モスクでの長い1日

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.62 |10 March 2016
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#5一番大切な場所

日本語が上手で、優しいラシードさん

そろそろみんなでお昼をたべましょう! とモハンマド先生が言った。
え! 私も一緒に食べていいのですか? と尋ねると、なんでそんな当たり前の事を聞く? といいたげな表情で、先生が「もちろん!」と笑って答えてくれた。
 金曜日のお祈りの後は、だいたいこうしてみんなでお昼を食べるのだという。今日のお昼はマトンカレーと豆のカレー、そして山のように積まれたナンだ。豆のカレーは持ち寄り、マトンカレーとナンは近所のハラールレストランで買ってきたものだ。
 おいしそうな、かつ大量のお昼ご飯をみて、思わず私は「あの……お代は?」と聞いてしまった。すると先生はにっこりして「それは気にしないで! その代わり、お祈りしてくださいね」と言う。お言葉に甘え、神への感謝の意味になる「ヴィスミル・ラ・イル・ラ・マ・ミルラ・ヒーム」という言葉を教えてもらい、唱えてから食べ始めた。それはとてもおいしいカレーだった。

イスラムでは、お客や旅人を丁重にもてなすこと、そしてみんなで一緒にご飯を食べる事が、とても大切なこととされる。
客人にはたくさんのご馳走をふるまい、そしてその場にいる者が、一つの皿の料理を分け合って食べるのだ。そういえば、マレーシアのマヘディたちも、いつもそうだったなあ、と私は思い出した。いつも必ずおごってくれるか、みんなで食べるご飯に招待してくれたっけ。

マトンカレーは辛くて、そして羊肉本来の味がしっかりと残る、日本ではなかなか味わえない本格的なおいしさだ。豆のカレーは優しい味で、いかにも家庭料理といった感じ。 みんなは上手にナンでカレーをつまんで食べている。私がうまくできないでいると、モハンマド先生はスプーンをもってきてくれた。
「一つのお皿をみんなで分け合って食べるのが、私たちの大切な習慣だよ」と向かいの席のラシードさんが教えてくれた。「日本の女の子にびっくりされたこともあるけどね!」といってラシードさんは笑った。

それにしても、みんなとても日本語が上手だ。それもそのはず、ここにいる人たちは在住20年、などというのはザラだ。在住歴が一番長いラシードさんは、なんともう35年にもなるという。また伊勢崎モスクに集まるムスリムたちは、日本人の奥さんをもらっている人もたくさんいるそうだ。ラシードさんの隣のタリークさんや、そして実は先生も然り。

みなさんにとって、ここはどんな場所ですか? と聞くと、真っ先に「一番大切な場所!」という、アブドルさん。隣のマリクさんも頷いた。
だからこのモスクもムスリムみんなの寄付金によって土地を買い、建設した。寄付はこの周辺だけではなく全国のムスリムから集まる。

そういえば私の住んでいる水戸でもつい最近、きれいな緑色のモスクが建ちましたよ、とみんなに報告すると、みんなは「それは見に行きたいねえ!」と喜んでいた。

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未知の細道 No.62

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。