未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
ver276

八ヶ岳の森で生まれる「作りたい」衝動 “革靴が好きすぎる男”が世界一になるまで

文= ウィルソン麻菜
写真= ウィルソン麻菜
未知の細道 No.ver276 |10 March 2025
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#10八ヶ岳で春を待つ、新たな革靴

最後に、これからやってみたいことを聞いてみる。変わらず、作ってみたいものは常に菱沼さんのなかにあるようだ。

「森のなかに映画館を作りたいなと思っていて。愛用車のクラシックカーを革で風情のある感じにカスタムもしたいですし。靴作り以外にも、やりたいことはいっぱいあるんです。今はまだ難しいですが、いつかはなにか作りたいなと思った時に、好きなものを作れる自分でありたい。そうしないと靴作りが仕事になって楽しくなくなってしまうのが嫌なんです。本当にいい状態で靴作りがしたいんですよ」

作りたいものを、作りたい時に、本気で作る。そう話す菱沼さんからは、レゴブロックの雪崩を掻き分けてほしいパーツを探していた幼少期の面影が見えてくるような気がした。ただ、その後すぐに顔が引き締まる。

「でも今はまず、次の大会に向けて頭がいっぱいですね」

取材時は、1月末。春に行われる2025年の世界大会のテーマはすでに発表され、菱沼さんも着々と準備を進めている。今回のテーマは「ダークブラウンの革を使用したダブルモンクストラップ」。先がふたつに分かれたベルトが足の甲を包むような形の革靴だ。

「この形もほとんど作ったことがないので、去年出していなかったら今年も『あーまた来年でいいか』となっていたかもしれませんね。2連覇するチャンスは今しかないので、やるしかないです」

過去に連覇を達成した靴職人は、まだいない。ものづくりへの欲求と、革靴への愛を兼ね備えた菱沼さんから生み出される革靴は、どう人々を驚かせるのか。その靴は、ここ八ヶ岳の森のなかで草木と一緒に春を待っている。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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