未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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「店主こだわりの一杯」ではなく「一人ひとりの飲みたいもの」が並ぶ店 世界から注目される盛岡の小さなコーヒー店の軌跡

文= 白石果林
写真= 白石果林
未知の細道 No.274 |10 February 2025
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#3自宅の庭で「下積みの5年間」

「店を出したい」と考えたとき、まずはコーヒー店で修行をするのが一般的かもしれないが、長澤さんは違った。

いきなり業務用の焙煎機「フジローヤル(3kg)」を買ったのだ。当時の中古価格で100万円したという。

「順番がおかしいですよね(笑)。でも手網では味にばらつきがでるんです。どうやったら味が安定するのか試行錯誤してみたけれど、やはり限界があった。それにいつか商売するなら、業務用の焙煎機でやれるようになりたいと考えました。『店をやるんだ』という、自分なりの覚悟の表れだったんだと思います」

自宅の庭にプレハブを建てて、そこに焙煎機を設置。長澤さんはそれを「ラボ」と呼んだ。日中は配達の仕事で稼ぎ、夜はラボにこもって焙煎をする日々。豆の投入量、焙煎時間、火力、これらを少しずつ調整しながらトライアンドエラーを繰り返した。

業務用の焙煎機だと、一度に焙煎する豆の量がどうしても多くなってしまう。格安で知人に譲ったり、人づてに数百円で販売したりもするようになったが、商売としてはまったく成り立たない。消費しきれずに大量に廃棄することも多かった。

休日には、東京のコーヒー店に足を運んで味の研究をした。仕事以外の時間のほとんどを、コーヒーに費やしていた。

「最初の頃は、気になる店のコーヒーを飲んで『自分はまだまだだな』って落ち込むんです。でもそのうち、『有名店でもこんなものか』って思うようになって(笑)、だんだんと自分のやりたいコーヒーの形が見えてくるようになりました」

「ラボ」で過ごした下積み期間は、約5年。「これなら自信を持って提供出来る」と確信できる味になった時、長澤さんは出店に向けて動き出した。

2010年、住居兼店舗を建てるための土地探しからスタート。時間はかかったが、やっと店舗の設計や融資の話がまとまった。「自分の店をもつ」という数年越しの夢が、目の前に迫っていた。

しかし、金融機関との契約を3日後に控えた日、東日本大震災が起きた。

「盛岡は内陸なので大きな被害はありませんでした。でも融資が減額されたり、建築の資材が足りなかったり、いろいろな問題があって……すべての契約を白紙に戻すことになりました」

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