盛岡市で生まれ育った長澤さん。高校卒業後は市内にあるコーヒー豆の卸売会社に就職し、約5年間営業や配達の仕事に携わった。
昔からコーヒーが好きだったのかと思いきや、「苦くてぜんぜん好きじゃなかった」。コーヒーへの特別な興味があったわけではなく、たまたま求人を見つけて応募したら、採用された。この頃に得たのは、コーヒー豆の産地による特徴など、ごく基礎的な知識だけだったという。
「若い時は本当に適当だったんですよ。自分がやりたいことが優先でした」
仕事のない土日になると、当時夢中になっていたスノーボードを楽しみに雪山に繰り出した。スキー場ではなく、「バックカントリー」と呼ばれる整備されていない雪山で滑るのが好きだった。
雪山に向かう時、長澤さんはポットにコーヒーを入れて持参するようになった。豆や淹れ方にこだわったわけではないが、雪山で飲むコーヒーは「すごくおいしかった」という。
「コーヒー店って隣との席がぎゅっと近くて、ガヤガヤしてるじゃないですか。景色のいい雪山でゆったりとコーヒーを飲んだ時、はじめてコーヒーをおいしいと思ったんですよ。味はもちろん大切だけど、コーヒーはどこで飲むかも大切なんだなあと思いました」
スノーボードにのめり込んだ長澤さんは、27歳で仕事をやめる。夏は墓石を建てる短期のアルバイトなどでしっかりと稼ぎ、冬は雪山にこもって過ごした。
コーヒーはあくまで趣味の範疇だったが、見よう見まねで手網で焙煎したり、価格の高い豆を使ってみたりと、納得のいく一杯を追求するようになっていった。
「コーヒーの店がやりたい」とぼんやり考え始めたのは、30歳を過ぎた頃のことだ。