太郎さんの自家製酵母のパン作りは、2017年に『春夏秋冬、季節の酵母が香るパン』(グラフィック社)として書籍化された。この本は2020年にドイツ語にも翻訳され、海外でもタロー屋の存在が知られるようになっている。
パリにある紀伊国屋で日本語版を購入したベルギーのパン屋のシェフは、グーグルレンズで翻訳しながら自家製酵母のパン作りを始めたそうだ。2022年には、ニューヨークにあるミシュラン星付きレストランで働く男女のペアから連絡があり、厨房で一緒にパン作りをした。彼らは「お礼に」と太郎さんたちに料理を振舞った。ほかにも毎年、世界各地から客人が北浦和にやってくる。
太郎さんが最も驚いたのは、日本のある著名なアーティストがタロー屋の「柚子酵母のシュトーレン」を気に入って、毎年注文してくれること。そのアーティストがユーチューブで、タロー屋のシュトーレンを食べながらある曲を作ったと明かした時には、「あまりのことで、正直、なんのことだか実感がわかきませんでした」と苦笑する。
「もし、本当にうちのシュトーレンがインスピレーションのもとになったとしたら、こんなに嬉しいことはありません」
もちろん、地元のお客さんの心もがっちり掴んでいる。取材に行った12月の土曜日も行列ができて、開店から30分ほどで店頭に並ぶパンは売り切れ。その後、予約分を受け取りに来るお客さんが、ひっきりなしに訪れていた。
子どもふたりを連れていた女性に話を聞くと「個人的にハード系のパンが好きなので、ちょこちょこ買いに来ます。特別な時にも利用しますよ。今日は大阪からパン好きの友人が来るので、お土産に渡します」と教えてくれた。
もうひとり、別の女性は「姉に教えてもらって食べてみたら、すごくおいしくて。今日も母の誕生日なんで、シュトーレンとパン一式を贈ろうと思って買いにきました。お世話になった仕事関係の人にもあげます。すごく喜ばれるんで」。
お土産やプレゼントとして地元の人に選ばれるパンは、なかなかないだろう。ほかに、越谷から1時間かけて買いにきたという親子もいた。
「2年ぐらい前に友だちからおいしいって聞いて。去年は気づいたら販売が終わっていたんです。ずっと来たくて、ようやく買えました」