太郎さんは、このような偶然の出会いを大切にする。2019年からタロー屋で働くスイス人のアンナさんも、店頭でスカウトした。
スイス中部に位置する古都ルツェルン出身のアンナさんは、ロンドンで日本人の男性と知り合い、2013年、一緒に来日して結婚した。埼玉県の蕨市に住んでいた時、「日本は食パンとか白いパンばかり、全粒粉、ライ麦のパンがなくて寂しいから」と自分でパンを焼き始めた。
それからしばらくして、北浦和に引っ越し。近所にタロー屋があり、「近くにこんなにおいしいパン屋がある!」と通うようになった。ある日、タロー屋でパンを選んでいたら、太郎さんから話しかけられた。
「お店でパッと見た時に、素敵な人だなと思って、初めまして、どちらの国の方ですか? と声をかけました」――。
アンナさん スイスのルツェルンです。
太郎さん スイスの方だったら自分でもおいしいパンを焼けるでしょう?
アンナさん 私もパン、焼く。
太郎さん どんなパンを焼くの?
アンナさん サワドゥー。(小麦粉やライ麦粉に水を加えて焼く酸味のあるパン。日本ではサワードゥーと発音されることが多い)
太郎さん サワードゥーなんだ。僕もサワードゥー作りたいから、今度、パンを交換しよう。
後日、アンナさんは自家製のサワードゥーを持ってきた。それを一口食べた太郎さんは、驚いた。「え、すごくおいしい!」。
太郎さんはサワードゥーを試作したことがあったものの、本来、酵母を加えないサワードゥーを、自家製酵母が特徴のタロー屋で売る必要性を感じず、販売していなかった。しかし、アンナさんのサワードゥーに心を動かされたことで気が変わり、アンナさんからサワードゥーの作り方を教わった。その時に意気投合し、「週に何回でもいいから、うちで働かない?」と声をかけた。それからアンナさんは子育てが落ち着き、自分の時間ができる夜、自転車でタロー屋に通って太郎さんと一緒にパンを焼いている。
「私、(自家製)酵母でパンができるって知らなかった。ビックリした。いっぱい教えてもらって、すごく楽しい」(アンナさん)
「アンナさんは人間的に安定感があって、信頼できる方です。決して日本語は流暢じゃないんだけど、彼女に悩みを打ち明けると僕が安心できる答えをくれるんですよ。 そういう意味でもすごい助けになっています」(太郎さん)