きっかけは、自家製酵母の作り方を教えてくれたデザイナーの友人と組んで、こだわりの食品宅配サービスを手掛ける某大手企業でパンを売ろうと計画したこと。そのためには専用の厨房が必要だということで、結婚したまゆみさんと一緒に住む自宅兼厨房を建てた。そこは北浦和駅から徒歩30分の距離にあるため、近隣のお店や企業にパンを卸しながら、インターネット通販で売ろうと考えていた。
ところが、意外な展開で方向転換をする。自宅兼厨房は近所の中学校の通学路に面していた。いつも焼いたパンを厨房の窓辺に並べていたら、知らないうちに通りがかりの中学生たちが注目するようになったのだろう。ある日、郵便受けに手紙が入っていた。そこには「パンのいい香りがします。すごくおいしそうなパンです。いつからパン屋さん始めるんですか?」と記されていた。
中学生からの問い合わせが嬉しかった太郎さんは、「じゃあ、お店を開いてみようか!」と厨房の一角でパンを売ることを決めた。
2007年6月30日、「畑のコウボパン タロー屋」の店舗オープン。あくまで通販メインということと、太郎さんがパニック障害を患っていたことから無理のない範囲で営業するために、週に2回、木曜と土曜にだけ店を開くことにした。
地元の中学生のなにげないリクエストから誕生したパン屋は、間もなくして脚光を浴びる。その頃、自家製酵母のパンを売っている店は少なかったし、身近な素材で酵母をおこすところから手掛けるパン屋はさらに希少な存在だった。当時はブログ全盛期で、最初はタロー屋の取り組みをどこからか聞きつけたパンマニアのブロガーたちが訪ねてきて、パンの味を絶賛した。そのブログを読んだパン好きが、関西や九州からも足を運んでくるようになったのだ。
その評判はメディアにも届いた。2008年4月に発売された『dancyu』の「わざわざ買いたいパン」特集でタロー屋が紹介されると、数十メートルもお客さんの行列が続くようになった。こうして、オープンして1年も経たずして遠方からのお客さんが絶えない人気店となった。一気に取り引き先が増えて、ほかの仕事をしていた妻のまゆみさんも厨房に立つようになった。