福島県南相馬市
2023年の夏、南相馬市に生まれた「おれたちの伝承館」。震災と原発事故の記憶を伝える小さなアートミュージアムである。ひとりひとり異なる「おれたち」の経験や思い。それらをモザイクのままで伝えられないか?震災から13年、あの日から今日までの記憶や思いは誰が、どのようにしてこの先に残していくのだろう?もっと、もっと話さなければ。そんなことを考えた訪問記。
最寄りのICから【E6】常磐自動車道「南相馬IC」を下車
最寄りのICから【E6】常磐自動車道「南相馬IC」を下車
福島県南相馬市にあるJR小高駅から歩いて5分。静かな通りに、住宅や商店、本屋、旅館が連なる。水田がひろがり、自転車が行き交うのどかな風景だが、13年前に津波と原発事故の大きな被害を受けた土地である。
一本曲がると倉庫とおぼしき建物があり、あ、ここだ、と思った。
入り口の看板には、大胆な筆使いの文字で「おれたちの伝承館」とある。「伝」の文字がひときわ大きい。ここは、震災と原発事故の記憶を伝える小さなアートミュージアム。庇の下ではひとりの男性がタバコを吸っていた。
館長の中筋純さんである。
「おれたち」というくらいだから、中筋さんは福島の浜通り出身の人なのだろうと思いこんでいたが、そうではなかった。
「僕は和歌山の出身!いまも東京に家があるし。でも、中途半端じゃここを運営できないから、いまはいったりきたりして、7割はこっちにいるよ」
建物の内部は薄暗く、入り口には満開の桜の写真が迎えてくれる。その奥には本物のバリケードが置いてある。天井の高い空間の中心にあるのは、巨大な手を天に向かって突き上げているような無骨な立体作品だ。中筋さんはその前に座り、話をはじめた。
「いわきの久ノ浜で被災し、津波で一切合切が流されてしまった安藤榮作さんの作品で、鳳凰の翼を表してる。安藤さんは、震災後に必ずまた蘇るという意味で不死鳥の作品をいくつか作っていて、この場所をはじめる時に鳳凰がうちに来てくれないかなって思っていたら、願った通りになって。鳳凰の翼が福島の浜通りに帰ってきたんだ」
髭と髪を伸ばした中筋さんは、その風貌から「無頼系」という言葉が頭に浮かぶ。大きな組織に寄りかからずに生きてきたひとなのではないだろうか。その話し方はとても柔らかくて、肩に余計な力が入っておらず、どんな的外れな球でもしなやかな体勢でふわっと受け止めてくれそうだ。