未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
258

「おれ」は私であり、あなたは「おれ」である 南相馬「おれたちの伝承館」から愛をこめて

文= 川内有緒
写真= 森下征治
未知の細道 No.258 |10 June 2024
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#7名物女将とタッグを組んだ

ある日、南相馬市小高区の駅前の双葉屋旅館の女将、小林友子さんから連絡が入った。

「ねえねえ、だったら小高に来てみない?」

小林友子さんは、歴史ある双葉屋旅館の4代目。宿を引き継いで6年目に、旅館が津波被害に遭い、息子が住む名古屋に避難した。しかし、2012年には南相馬市に戻り、仮設住宅に住みながら旅館の改修を続けて宿を復活させた。友子さんは、震災後にウクライナに出向き、チェルノブイリ周辺に暮らす人たちに会いにいってきた経験もある。それは原発事故で被災した地域をどのようにして復活させるのかという難題に取り組むためだった。南相馬にはさまざまな経験や思いがある人がいたにもかかわらず、まだ伝承施設はなかった。

友子さんという大きな協力者を得た中筋さんは、高校の跡地などいくつかの候補地を見にいったが、それでも良い場所は見つからない。しかし、2022年の年末、双葉屋旅館で行われた忘年会の席で、地元のプロパン業者、浅野設備が所有する倉庫の話が持ち上がった。すぐさま倉庫を見にいった中筋さんは、ミュージアムのイメージが浮かんできた。倉庫はもともと別の人が使う予定だったが、その人は中筋さんたちが伝承施設として使うならどうぞ使ってくださいと言ってくれた。

「おれたちの伝承館」のある建物の前で談笑する関係者のみなさん

「面積は広くないんだけど、天井高8メートルの吹き抜けがあって作品を立体的に見せられるなって思って。すぐに仲間に連絡して、夏を目指して伝承館を作り上げるから、みなさん、臨戦体制でよろしく!と。そしたら、今度は友子さんが、じゃあ、みんな泊まるところが必要でしょと言って、泊まれる家まで用意してくれて」

「おれたちの伝承館」の準備風景(写真提供:おれたちの伝承館)

アート仲間や大工、建具屋、除染に詳しい人、元原発作業員など、さまざまな背景の人が県内外から結集。雑魚寝をしながらの準備作業が始まった。震災から13年目の暑い夏は、すぐそこまで迫っていた。

「開館するまでがもう大変!除染とか設営とかなにもかも大変だったけど、一番難しかったのは天井画の釣り上げだよね」

中筋さんは、この場所を見たときから大きな天井画を設置したいと思っていた。実際に設置された作品『命煌めき』は5メートル×7メートルの大作。製作したのは神奈川県に暮らし、福島にも足繁く通いながら作品を作ってきた山内若菜さんで、2021年には東山魁夷記念日経日本画大賞入選したことでも知られる新進気鋭の日本画家である。

「山内さんは、長い間ずっと飯館村に通いながら牧場と動物たちの生きざまを描いてきた。今回、ミュージアムの心臓部となる天井画を描いてもらうのは、山内さんしか考えられなかった。せっかくだから大きな作品がよかった。でも、この吹き抜けを通り抜けられるサイズにしてしまうと、小さくなってしまう。だから、事前に分割した状態で制作してもらって、ここで全面展開することにした」

 山内さんは3ヶ月をかけて事前に絵を準備してきたものの、現地に入ると「これではダメだ」と滞在しながら加筆修正を続け絵を完成させた。

現場でギリギリまで絵の加筆を続ける山内若菜さん(写真提供:おれたちの伝承館)

「フレームも建具屋さんに特別に発注して作ってもらって、現場で逆さに貼るっていう計画を立てたんだけど、そんなことは俺もやったことない。面白そうだから作業に参加したいとかっていうひとが20人ぐらい集まったんだけど、誰も設営のプロがいないから、ほんと大変で」

なんだか、めちゃくちゃ楽しそうだ。

「楽しかったよ。楽しかったけどもう緊張しまくりだったよね」

大きな天井画を見上げる中筋純さん

無事に作品が吊り下げられると、建物全体が温かな歓声と拍手に包まれた。
こうして「おれたちの伝承館」は、産声をあげた。それは2016年南相馬市の避難指示解除の日である7月12日からちょうど7年後のことだった。

山内若菜さんの『命煌めき』はこの場所のために製作された作品
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