さてここで伊藤さんが「ピットを掘ってみましょう」という。
「ピットチェック」とは、弱層テストともいい、雪崩の可能性をチェックする観察方法だ。
伊藤さんは持参してきていた大きなスコップを使って、まずは雪崩が起きうる斜度のある雪面を背丈ほどまでにコの字型に掘った。伊藤さんは手慣れたようすで、あっという間に、斜面に大きなコの字をつくっていく。その断面をよく観察すると、まるで樹木の年輪のように雪の層を目視することができた。
伊藤さんはさらにスコップで手早く雪面を円柱状に切り出す。この円柱を両腕で抱え込み、手前に引っ張って、実際にこれが動くかどうか(弱層)で、雪崩の可能性を調べるのだ。 そして伊藤さんの指導のもと、参加者の一人、坂元さんが実際にやってみることになった。
すると雪の塊が、いとも簡単にサクッと移動したのである。雪の塊の断面は、まるでスパッと切ったかのようであり、さらにそれは目の前の断面の雪の層と全く同じ位置であることがわかった。これが弱層(滑り面)だ。この断面を確認すると、ざらざらとしたいわゆるざらめ状の雪の面がきれいに残っているのがわかる。
このように積雪の上にざらめ状の雪などによる弱層ができて、さらにその上に降り積りった雪面が何らかの要因で滑り落ちる現象を「表層雪崩」という。厳冬期に起きる確率が多い。表層雪崩は雪面の落下スピードが速く、気がついた時には既に巻き込まれてしまう、という恐ろしいものだ。
対して気温が上昇する春先によく発生するのが「全層雪崩」だ。スピードは表層雪崩ほどではないにせよ、もし全層雪崩に巻き込まれたら、まず助からないという。速度が落ちた雪崩は急速に硬化する性質があるため、雪崩に巻き込まれたら、身動きが取れなくなり、同時に大きな荷重を受けるからだ。
いずれも恐ろしい雪崩に巻き込まれないようにするために、「雪崩のメカニズムを知り、雪崩の可能性を調べることができるピットチェックは、誰もが持っていた方が良い知識なんですよ」と伊藤さんは私たちに教えてくれた。