未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
113

わたしたちは誰もが芸術家なのか?

「黒板消し」から始まった小さな美術館がいま伝えたいこと

「カスヤの森現代美術館」

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.113 |10 May 2018
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#9コヨーテの謎

ヨーゼフ・ボイスのポートレートと作品。 写真提供:カスヤの森現代美術館

 繰り返しになるが、ヨーゼフ・ボイスという人は、「わたしたちは、誰もがアーティストである」ということを掲げた人である。
 それをインタビューの最後になってようやく思い出し、帰り支度をしながら、若江さんに聞いてみた。
「ねえ、本当に誰でもアーティストになれると思いますか?」
「もちろんなれるよ。誰だってなれる! だって俺でもなれたもの。芸術家は素晴らしい職業ですよ! そうだ、あなたもならない?」
 そういう若江さんは、本当に生き生きとしていて、「おお、それはいいですね!」と私は答えた。

 不思議な高揚感を胸にして、私は美術館を後にした。
 もしかして、自分もアーティストになれるのかもしれない、いや、もうすでにアーティストだったりして、などと考えると、この世界の色彩が少し鮮やかに見えて、スキップしたいような気分だった。
 ただ、さっきも書いた通り、価値あるアート作品を生み出せるかどうかは、まったく別の次元の話なのだろう。アート作品には、作家の体験してきたこと、旅した世界、読んできた本、日々の思考や考え方など、まさに人生の全てがぎゅっと絞ったレモンのように染み込んでいる。だからアーティストとして生きることは、実はなかなか厄介な人生修行にちがいないのだ。
 いやあ、そりゃあ大変だなあ、と苦笑しながら駅に向かった。

 改札を通るころになって、あ! と声をあげそうになった。
 そういえば、ヨーゼフ・ボイスはなぜコヨーテと一緒に時間を過ごしたのか、ボイスはコヨーテに噛まれなかったのを聞くのをすっかり忘れてしまった。
 まあ、いいか。それはまた次回に行った時のお楽しみにとっておこうと思った。

カスヤの森現代美術館 横須賀市平作7-12-13 (JR衣笠駅から徒歩12分)

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未知の細道 No.113

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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