横須賀線の衣笠駅から歩いて10分ちょっと。その大きな洋館は、まるで海のように広がる住宅の屋根のなかにぽっかりと浮かぶ島だった。特徴的なのは、屋根から突き出したひし形の屋根の塔。
ん、あれはなんだろう? なにかに似ている気がするとけど、と思いながら、大きな扉を開けて美術館のなかに入った。
出迎えてくれたのは、館長の若江栄戽(はるこ)さん(以下、栄戽さん)、そして現代美術家の若江漢字(かんじ)さん(以下、若江さん)。
ふたりとも背筋がピッと伸びていて、ああ、自分が信じる道を歩んできた人たちだと思わせるものがあった。
生まれも育ちも横須賀のふたりは、もう25年近くもこの美術館の運営に奔走してきた。1994年に開館したここは、なんと三浦半島で最初の美術館だそうだ。
「私は、“見ること”と“見えること”をテーマに作品を作っています」と、若江さんは自身の作品についてエネルギッシュな口調で解説をしてくれた。
それは例えば、こんな作品だ。
一見すると、絵の具の缶から、カラフルな絵の具がこぼれたところを撮影した写真に見える。しかし、実際はプリントされたモノクロ写真の上に絵の具を塗ったものだ。
「人間の視覚というのは、常にいろんな影響を受けています。あなたが見ているものと、私が見ているものは、違って見える。そういう違いがどんどん大きくなって、時には国家対国家というような争いに発展するんですよ。世界はとてもデリケートで、常に丁寧に見ないといけないということをテーマにした作品です」
このシリーズの作品は、フランスの国立近代美術館(ポンピドゥーセンター・パリ)などの内外の美術館にも収蔵されているそうだ。
一方の栄戽さんは、若江さんとは対照的にゆったりとした口調だ。会う人をほっとさせるような笑顔で、この美術館を始めたきっかけを話してくれた。
「1975年に若江(漢字)の展覧会がドイツのギャラリーでありまして、1年間ドイツに行ったのが、この美術館を始めるきっかけでした」
川内 有緒