未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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わたしたちは誰もが芸術家なのか?

「黒板消し」から始まった小さな美術館がいま伝えたいこと

「カスヤの森現代美術館」

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.113 |10 May 2018
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#6教会のかわりになりたい

 こうして、コツコツと作品をコレクションし、「カスヤの森現代美術館」は1994年にオープン。構想から20年、夫婦はついに思いを叶えた。
「地元の人たちが気軽にふらりと足を運べる美術館をつくりたい」という思いは、実は建物の造形にも表れているという。話を聞いてみると、美術館の来訪者が最初に目にする高い塔には、単なるデザイン以上の意味がこめられているようだ。
「戦前は、アメリカでもヨーロッパでも日曜日には家族で教会に行きました。でも、いまは教会の代わりに人々は美術館に行くようになりました。だから、かつての教会が持っていた、文化の発信や人々が集まる場という機能を美術館が担っていると考えたのです」
 そこで若江夫妻は、ヨーロッパの教会をモチーフにして、自分たちの美術館の建物を設計した。つまり、あの塔には、「地元の人々がふらりと寄れる美術館になりたい」という願いがこめられている。
 美術館のなかでも実はそれを感じることができる。入り口には、教会にあるような美しい細工が施された木製のベンチが置かれ、また展示室から展示室へとまっすぐに伸びる廊下は、まるで教会の祭壇に向かう通路のようだ。そして、塔の真下にあるのは温かな雰囲気のカフェ。ここに、人々は集うこともできるのだ。
 開館から今年で24年。近隣には横須賀美術館や小さなギャラリーもいくつかでき、少しずつ市民が美術に触れられる場も増えてきて、だいぶ時代は変化した。

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未知の細道 No.113

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。