未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
113

神奈川県横須賀市

今年で開館24年を迎える横須賀の「カスヤの森現代美術館」は、ひとつの「黒板消し」の収集から始まった!? よく「難しい」「理解できない」とも言われる現代美術の世界だが、えいっ!と勢いよく扉を開けてみれば、なんとも魅力的な思索の森が広がっていた。

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.113 |10 May 2018
  • 名人
  • 伝説
  • 挑戦者
  • 穴場
神奈川県横須賀市

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#1コヨーテと暮らす男

 私たちはみなアーティストである、そう説いた芸術家がいる。名前はヨーゼフ・ボイス。現代美術が好きな人ならば、その名を耳にしたことがあるかもしれない。
 第二次世界大戦に従軍した後に美術家に転身し、ドローイングに彫刻、パフォーマンスと、幅広い表現で活躍したドイツ人である。ボイスは、生涯を通じて社会活動を行い、創造と行動によって社会を変革させる「社会彫刻」の概念を生み出したことで知られている。彼にとっては、この社会に生きるすべての人がアーティストであるという。
 ……と、ゴチャゴチャと書いてみたものの、私自身は現代美術にはそう明るくないので、これ以上のことは知らない。ただ、大学の授業でたまたま彼の名を耳にしたことがあった(一応は芸術系の大学出身なので)。そして、ある作品のことが強く印象に残っていた。
 それは、『コヨーテ 私はアメリカが好き、アメリカも私が好き』という作品だった。
 作家自身が一週間、干し草などが詰まったギャラリーのなかでコヨーテと一緒に暮らし、だんだんとコヨーテと一体化していくもの。ボイスが53歳の時の作品である。
 コヨーテって、人に噛みつかないの? なぜコヨーテだったの? それと社会彫刻ってどう関係があるんだろう?
 ……などと、大学生の私は様々な疑問を抱いたわけだが、それらの謎は解かれないままに心の引き出しにしまいこまれた。
 あれから25年————。
 ひょんなことから、そんなヨーゼフ・ボイスの作品を多数コレクションし、常設展示している小さな私立美術館が横須賀にあることを知った。
 どんな人たちが運営しているのだろうと調べてみると、自身もアーティストであるご夫婦が運営しているようだ。
 たまらなく行ってみたくなった。
 私たちの誰もがアーティストになれるというボイスの考えは実に魅力的なものだが、本当にそうなのかを知りたくなったのだ。ボイスの作品をよく知るその夫婦ならば、答えを知っているのかもしれない————。
 いや、少なくとも、コヨーテがボイスを噛まなかったどうかくらいは知っているだろう。
 目指したのは、三浦半島の横須賀にある「カスヤの森現代美術館」である。

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未知の細道 No.113

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。