未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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私の前に道はない。ただ草があるだけ!

野草屋さんの“つちころび八起き”な人生

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.112 |25 April 2018
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#8土の上で転べば痛くない

「摘み草の店 つちころび」の前に広がる美しい景色。

 こうして野草の袋詰を終え、出荷伝票を書き終えると、舞子さんは車を飛ばして発送に出かけた。ようやくすべての出荷を終えると、もう夜の7時。「終わったー!」と、宅急便の事務局から出てくる舞子さんは、清々しい笑顔を浮かべていた。

 一緒に夕飯を食べながら、慌ただしい1日の終わりに乾杯をした。
 ふっと、聞き忘れていた質問を思い出し、「ところで…」と私は聞いた。
「お店の屋号の“つちころび”というのは、どういう意味なんですか?」
 不思議な語感の言葉で耳に残り、ずっと気になっていた。
 舞子さんは、いかにも美味しそうにご飯を食べながら、答えた。
「実は、自分の中から出てきた言葉なんです。土の上に寝っ転がるというイメージです。土の上で転べば痛くないし、転んだら転んだでまた起き上がればいい。人生は、つちころび八起きでいい、という意味をこめました」
 15歳で土と共に生きると決めた彼女らしく、優しくて逞しい言葉である。
「ただ、」とその後に舞子さんは、楽しそうに付け加えた。
「“つちころび“って、その後調べてみたら妖怪だったんですよ!水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』にも出てくると知って、すごくびっくりしたんです」
 へえ、どんな妖怪なのだろう。改めて調べてみると、どうやら悪さをしない、良い妖怪のようだ。
 一説によれば、妖怪つちころびはこんな感じ。
 山の峠で旅人が道に迷っていると、妖怪つちころびが山の上からゴロゴロと転がっていって、旅人を追い抜いて駆け下りていく。妖怪を恐れずにそのまま向かっていけば里に降りられるが、避けようとすると、さらに迷ってしまうというもの。
「信じるものは救われる、という意味なのかもしれない」と舞子さんは言う。
 その時、険しい峠をゆく人の姿が舞子さんと重なった。
 舞子さんは、目の前には雑草しか生えない道なき道をひたすら歩いてきた。前にゆく人はいない。でも、このまま信じて進めば、きっと妖怪つちころびが現れて、「迷わずおいで」と待ってくれている。もちろん、峠の道は険しいから、時には派手に転んでしまうこともあるのかもしれない。
 それでも、そこは土の上だからきっと痛くないし、転んでもまた起きればいいのだ。
 人生は、「つちころび八起き」なのだから。

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未知の細道 No.112

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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