こうして野草の袋詰を終え、出荷伝票を書き終えると、舞子さんは車を飛ばして発送に出かけた。ようやくすべての出荷を終えると、もう夜の7時。「終わったー!」と、宅急便の事務局から出てくる舞子さんは、清々しい笑顔を浮かべていた。
一緒に夕飯を食べながら、慌ただしい1日の終わりに乾杯をした。
ふっと、聞き忘れていた質問を思い出し、「ところで…」と私は聞いた。
「お店の屋号の“つちころび”というのは、どういう意味なんですか?」
不思議な語感の言葉で耳に残り、ずっと気になっていた。
舞子さんは、いかにも美味しそうにご飯を食べながら、答えた。
「実は、自分の中から出てきた言葉なんです。土の上に寝っ転がるというイメージです。土の上で転べば痛くないし、転んだら転んだでまた起き上がればいい。人生は、つちころび八起きでいい、という意味をこめました」
15歳で土と共に生きると決めた彼女らしく、優しくて逞しい言葉である。
「ただ、」とその後に舞子さんは、楽しそうに付け加えた。
「“つちころび“って、その後調べてみたら妖怪だったんですよ!水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』にも出てくると知って、すごくびっくりしたんです」
へえ、どんな妖怪なのだろう。改めて調べてみると、どうやら悪さをしない、良い妖怪のようだ。
一説によれば、妖怪つちころびはこんな感じ。
山の峠で旅人が道に迷っていると、妖怪つちころびが山の上からゴロゴロと転がっていって、旅人を追い抜いて駆け下りていく。妖怪を恐れずにそのまま向かっていけば里に降りられるが、避けようとすると、さらに迷ってしまうというもの。
「信じるものは救われる、という意味なのかもしれない」と舞子さんは言う。
その時、険しい峠をゆく人の姿が舞子さんと重なった。
舞子さんは、目の前には雑草しか生えない道なき道をひたすら歩いてきた。前にゆく人はいない。でも、このまま信じて進めば、きっと妖怪つちころびが現れて、「迷わずおいで」と待ってくれている。もちろん、峠の道は険しいから、時には派手に転んでしまうこともあるのかもしれない。
それでも、そこは土の上だからきっと痛くないし、転んでもまた起きればいいのだ。
人生は、「つちころび八起き」なのだから。
川内 有緒