油伝の奥様が蔵の中を案内してくれた。ここの蔵も入り口からは想像もつかないほど、奥行きがある造りだ。そして蔵の外に出ると、長く続く蔵の脇に続く小道に辿り着いた。
「ここは、瓦の小路と呼んでいます」
蔵にばかり目を奪われていたが、奥様に言われて下を見ると地面に瓦で川が描かれていた。ひとつひとつ、丁寧に並べられ、波打った瓦の形を利用して川の流れを再現している。
「蔵の瓦を新しくしたときに、職人さんたちが『捨ててしまったらそれまでだから』って。外した瓦で少しずつ、川を作ってくれたんです」
なんて粋なはからいなんだろう。何十枚という瓦が捨てられることなく、瓦の小路として生まれ変わっているのは、見ているだけで蔵や瓦を思う気持ちが感じられた。大きな鯉が泳ぐ瓦の小路は、まさに私が舟で渡った巴波川だった。
小路を抜けて、油伝味噌を出ると、もう日が傾き始めていた。右に真っ直ぐいけば新栃木の駅があると教わっていたが、なんだかもう一度、巴波川の水の音が聞いておきたくて、反対方向に歩き出した。
遊覧船乗り場からは、だいぶ離れてしまったのでもう船頭唄は聞こえてこない。それでも川辺に座って、パシャパシャという川の音を聞いていると心が落ち着いた。遠くに見える白い鳥は、サギの仲間だろうか。
「この巴波川があったから、この街は発展した」
今日出会った人々の口から必ず聞いたこの言葉。街を歩いてみてわかったのは川の存在が当たり前となった今でも、栃木市の人々はこの巴波川に感謝しているということ。
この川は、私が生まれる何百年、いや何千年も前から流れている。たくさんの荷物や食料を運んできて栃木市に富を運び、今では遊覧船で人々と歌声を運ぶ。きっとこれからも、この街とともに長い歴史を作っていくのだろう。
ウィルソン麻菜