未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
105

栃木県栃木市

栃木市の中央を流れる静かな巴波川。江戸時代、栃木市は巴波川舟運が発達したことによって商都として栄えた。遊覧船で船頭さんの歌声を聞けば、まるでタイムスリップしたかのよう。何百年も前に建てられた土蔵が今も残るその風景に、歴史を感じながら川に沿って「蔵の街」を歩く。

文= ウィルソン麻菜
写真= ウィルソン麻菜
未知の細道 No.105 |10 January 2018
  • 名人
  • 伝説
  • 挑戦者
  • 穴場
栃木県栃木市

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#1巨大鯉との接触

船頭の小林さんはスイスイと舟を進める。

「栃木河岸より都賀船で 流れにまかせ部屋まで下りゃ 船頭泣かせのかさ掛け場」

 11月某日。1月の気温だと予報で言っていた寒空のもと、船頭の小林さんの歌声が響く。この「栃木河岸船頭唄」の一番が終わったら、そこで合いの手「ハーアー ヨイサ―コラショ」と挟まなければならないのだが、どうにもタイミングと音程が掴めない。

 8年目だというベテラン船頭の小林さんは、慣れた手つきで船を動かしていく。上りも下りも、川の流れは関係ないかのようにスムーズだ。

 私はというと、笠をかぶり、鯉の餌を手に小林さんの歌声を聴いていた。すぐそばを鯉や鴨が泳ぎ、水の音が心地よい。同乗してくれていた女性船頭の大川さんが、水面を指差して教えてくれた。

「ほら、鯉太郎がいるよ」

 見ると水面に顔を出していたのは、他とは比べ物にならにほど大きく育った鯉。1メートルはある巨大鯉の頭を、おもむろに船頭の小林さんが撫でる。船頭のあいだでは有名だという鯉太郎は、逃げもせず嫌がる素振りもない。

「手から直接、餌あげてみますか?」

 今まで、犬や猫、馬などには直接餌をあげる機会はあった。しかし鯉は初挑戦だ。むしろそんなこと可能なのか。小林さんに手本を見せてもらうと、鯉太郎は行儀よく餌を食べた。私もびくびくしながら手を差し出す。

鯉太郎に直接餌をやる。今までにない感触。

 ズボッという音と共に、指先と餌が吸い込まれた。一瞬、指先に鯉太郎の唇部分が辺り、思わず「ぎゃあっ」と声を上げる。遊覧船が左右に揺れる。驚いた拍子に、餌を撒き散らしてしまった。周りにいた鯉たちが我先にとその餌に群がってくる。鯉太郎の方は至って穏やか。おそるおそる頭を撫でてみると、そんなにぬるぬるとはしていなかった。

 巨大鯉との至近距離での触れ合い。これが私の遊覧船デビューだった。

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未知の細道 No.105

ウィルソン麻菜

1990年東京都生まれ。学生時代に国際協力を専攻し、児童労働撤廃を掲げるNPO法人での啓発担当インターンとしてワークショップなどを担当。アメリカ留学、インド一人旅などを経験したのち就職。製造業の会社で、日本のものづくりにこだわりを持つ職人の姿勢に感動する。「買う人が、もっと作る人に思いを寄せる世の中にしたい」と考え、現在は野菜販売の仕事をしながら作り手にインタビューをして発信している。刺繍と着物、野菜、そしてインドが好き。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。