栃木県栃木市
栃木市の中央を流れる静かな巴波川。江戸時代、栃木市は巴波川舟運が発達したことによって商都として栄えた。遊覧船で船頭さんの歌声を聞けば、まるでタイムスリップしたかのよう。何百年も前に建てられた土蔵が今も残るその風景に、歴史を感じながら川に沿って「蔵の街」を歩く。
最寄りのICから【E4】東北自動車道「栃木」を下車
最寄りのICから【E4】東北自動車道「栃木」を下車
「栃木河岸より都賀船で 流れにまかせ部屋まで下りゃ 船頭泣かせのかさ掛け場」
11月某日。1月の気温だと予報で言っていた寒空のもと、船頭の小林さんの歌声が響く。この「栃木河岸船頭唄」の一番が終わったら、そこで合いの手「ハーアー ヨイサ―コラショ」と挟まなければならないのだが、どうにもタイミングと音程が掴めない。
8年目だというベテラン船頭の小林さんは、慣れた手つきで船を動かしていく。上りも下りも、川の流れは関係ないかのようにスムーズだ。
私はというと、笠をかぶり、鯉の餌を手に小林さんの歌声を聴いていた。すぐそばを鯉や鴨が泳ぎ、水の音が心地よい。同乗してくれていた女性船頭の大川さんが、水面を指差して教えてくれた。
「ほら、鯉太郎がいるよ」
見ると水面に顔を出していたのは、他とは比べ物にならにほど大きく育った鯉。1メートルはある巨大鯉の頭を、おもむろに船頭の小林さんが撫でる。船頭のあいだでは有名だという鯉太郎は、逃げもせず嫌がる素振りもない。
「手から直接、餌あげてみますか?」
今まで、犬や猫、馬などには直接餌をあげる機会はあった。しかし鯉は初挑戦だ。むしろそんなこと可能なのか。小林さんに手本を見せてもらうと、鯉太郎は行儀よく餌を食べた。私もびくびくしながら手を差し出す。
ズボッという音と共に、指先と餌が吸い込まれた。一瞬、指先に鯉太郎の唇部分が辺り、思わず「ぎゃあっ」と声を上げる。遊覧船が左右に揺れる。驚いた拍子に、餌を撒き散らしてしまった。周りにいた鯉たちが我先にとその餌に群がってくる。鯉太郎の方は至って穏やか。おそるおそる頭を撫でてみると、そんなにぬるぬるとはしていなかった。
巨大鯉との至近距離での触れ合い。これが私の遊覧船デビューだった。
ウィルソン麻菜